「リアリティのあるストーリー、ただそれだけ」秒速5センチメートル(2007) kouさんの映画レビュー(感想・評価)
リアリティのあるストーリー、ただそれだけ
良し悪しは置いといて、とてもリアルな映画だと思います。
主人公とヒロインふたりの恋心はとてもリアル。
両思いなんだけど、小学生じゃそれを伝えて結ばれるなんてできませんものね(現代の子供は知りません)
結局結ばれずに離れ離れになるのがリアル。互いに想ってはいるのに気持ちを伝えることもできず、時とともにふたりの関係も流れてしまう点もリアル。
思春期の男の子がちょっとしたことをさも深いことのように大げさに哲学する様子もリアル。
主人公がふたりの恋が終わったことを悟りながらも、新しい恋に目を向けることもできずに童貞をこじらせ、ズルズルといつまでも引きずっていることもリアル(実際主人公の彼のような男性、結構いると思います。)
そして結局は最後もすれ違い、再会すらできなかったとこもリアル。
でもリアルであることが即ち良い作品であるのか?
この作品は非常にリアルな展開になっていますが、それだけ。
山なし、谷なし、落ちなしです。
監督はこの作品で一体なにがしたかったのでしょうか?
主人公の彼に倣って哲学してみますが、そもそも映画というコンテンツは何かを表現したり伝えたりするためのものです。
それはエンターテイメントなのか、何かの宣伝なのか、何かの歴史やドキュメンタリーなのか、自然の美しさなのか。
そういったものがこの映画からは伝わってきませんでした。
この監督は一体何をしたかったのか
定評のある美しい風景が描きたかった?
舞台装置としてのストーリーならもっと内容のない、個性的で美しい風景を引き立たせることのできるものがあったはずです。
人物の絵の拙さもマイナスですね。
恋愛映画にしたかった?
だとすれば落第点です。たしかに非常にリアルにできているとは思いますが、それだけでなんの面白みもない展開。
結局主人公がブツブツと独白してるだけで終わっている映画ですから。こういう経験してる男性、山ほどいると思いますよ。
それをきいて面白いですかって話です。この映画の内容を身近な男性から自身の経験談としてくどくど1時間も聞かされたら「で?」と言ってしまいたくなるでしょう。
男女のリアルな恋模様を描きたかった?
だとすればまぁ成功してますね。面白いかどうかは別にして。
ただ非現実的な、輝く風景は不自然ですけどね。
ピンポイントの演出だけならともかく、背景は全編通してこだわりのある部分のようでしたから表現としては不適切かと。
何度も繰り返しますが、ふたりの関係や感情の機微などはリアルで、昔を思い出して共感できた方も多いのではないでしょうか。
たしかにリアルな描写は物語に深みを与えますが、それだけでは物語として成立しません。
料理に例えますと、リアリティだけを追求した物語は調理されていない食材のようなものです。この映画は「男女のリアルな関係」という食材をぶつ切りにして皿に盛っただけ。料理になっていないのです。
一見魚を切っただけに見えるお刺身さえ、魚を捌き、魚ごとに適した切り方をして、薬味で臭いを消したりしてようやく料理として成立しているのです。この作品はそういったことを怠った作品だと思います。
いくらこだわり抜いた食材でも、そのまま食べても美味しいとはかぎりません。
監督のやりたいことと、演出方法、ストーリーと全てがチグハグな為、作品の方向性が見えないのです。
同じ食材でも、通常作る料理によって調理方法は変わってきますが、その使い分けができなかったのですね。自分のできるやり方で皮をむき、自分のできるやり方で切っただけ。作ろうとしている料理に適しているかどうかなどはお構いなし。
だから好評価のレビューですら、「共感した」「切ない」「背景が綺麗」などの感想ばかりになるのだと思います。作品全体のレビューなのに「男女のリアルな関係」という物語の一要素のみに終始してしまっているのです。
カレーライスを食べて「お肉が美味しかった」と言っているようなものです。お肉を美味しく食べさせる為のカレーなら良いのですがね。
長くなりましたが、私としては「リアルなだけでは一本の映画作品としては成立しない」と結論付ました(それがわかっただけでも価値があるとは思いますが)
よってこの映画の評価もバットです。
光るものはあったが、それらをまとめることができていないって感じですかね。