「【71.5】ハンナ 映画レビュー」ハンナ honeyさんの映画レビュー(感想・評価)
【71.5】ハンナ 映画レビュー
本作『ハンナ』は、ジョー・ライト監督によるサスペンス・アクションであり、特異なテーマと映像表現への意欲は認められますが、物語の土台と俳優の表現において、さらなる充実が期待される作品です。
作品の完成度
本作は、孤高の少女暗殺者という特異な設定を、グリム童話の要素と現代のスパイ・スリラーの形式で統合しようと試みた意欲作です。ヨーロッパ各地を巡る多様なロケーションは、ハンナの「外界との接触」を視覚的に効果的に描出しています。
しかしながら、物語終盤で提示される「遺伝子操作」という秘密は、その提示が性急に過ぎ、前半の神秘的で緊迫したムードを減衰させました。映像と音楽による表現は優れているものの、物語の確固たる説得力に不足を来たしたため、全体としての調和は一定の域に留まります。また、編集における一部のシーンの配置が、逃亡劇のリズムに微細な乱れを生じさせています。
監督・演出・編集
ジョー・ライト監督の演出は、流れるような長回しを用いるなど、その技術的な精度は高く評価されます。エリック・ヘラーの戦闘シーンなどは、監督の熟練した手腕を証明するものです。しかし、過去作に比較して、本作では物語やテーマに対する深い掘り下げが十分に感じられず、技術的な洗練に重点が置かれた印象があります。編集は迅速なカット割りで構成されていますが、物語進行上の必要性から挿入された一部の場面が、作品のスピード感を僅かに妨げる結果となりました。
キャスティング・役者の演技
主要キャストは、それぞれの役割を演じきっていますが、観客の心に強く訴えかけるほどの表現の深度には到達していません。
シアーシャ・ローナン(ハンナ)
シアーシャ・ローナンは、社会から隔絶され、暗殺術を叩き込まれた少女という設定に対し、高い身体能力と透き通るような存在感をもって対峙しました。彼女の表現は、非情な暗殺者としての冷たい側面と、初めて外の世界や文明、友情に触れた際の純粋な戸惑いを両立させています。肉体的に過酷なアクションシーンをこなし、映像的な説得力を提供しましたが、殺人マシーンから人間性を獲得していくという内面的な葛藤の描写には、彼女の表現力が抑制された結果、観客に強い共感を与えるほどの深い感情の起伏を示すには至りませんでした。そのパフォーマンスは、役柄の二面性を的確に捉えつつも、感情的な変遷における一層の繊細さが求められます。
エリック・バナ(エリック・ヘラー)
ハンナの父である元CIA工作員エリックを演じたエリック・バナは、寡黙で厳格な父性、そしてマリッサへの復讐心という二つの強い動機を内包する人物を体現しました。彼の存在感は、アクション俳優としての信頼感と、過去の影に囚われた男の哀愁が交錯するものです。彼は、言葉ではなく主に沈黙と身体的な動き、そしてハンナを見つめる眼差しを通じて、娘への深い献身と過去の過ちを伝えました。この抑制された表現は、映画の序盤における緊張感を高める機能を提供しましたが、キャラクターの背景にある悲哀が、物語の進行とともに深掘りされることなく、プロット上の役割を終える形となりました。
ケイト・ブランシェット(マリッサ・ヴィーグラー)
ハンナを執拗に追う冷酷なCIA捜査官マリッサを演じたケイト・ブランシェットは、神経質なまでの完璧主義と権力欲に駆られた悪役として、画面に確かな存在感を確立しました。彼女の演技は、自身の歯を鏡でチェックする癖など、細部にわたる演出を通じてマリッサの病的ともいえる執着を強調し、観客に強烈な不快感と恐怖を植え付けます。そのパフォーマンスは、物語に不可欠な敵役の凄みを十二分に表現したものの、キャラクター造形が類型的な「執拗な悪役」の枠内に留まり、複雑な人間的葛藤の領域まで踏み込むことはありませんでした。
トム・ホランダー(アイザックス)
マリッサに雇われた追跡者アイザックスを演じたトム・ホランダーは、薄気味の悪さと異様なまでのケレン味を作品にもたらしました。彼の口笛や、派手な服装に象徴される表面的な軽快さは、裏で冷徹な追跡を実行するプロの殺し屋という顔との強烈なコントラストを生み出しています。彼は、この追跡者グループのリーダーとして、物語のアクションと緊張感を維持する役割を見事に果たしましたが、その存在は主にアクションシークエンスを機能させるための装置として位置づけられました。
脚本・ストーリー
脚本は、追跡劇という明確な骨格は有していますが、ストーリーテリングに難点を抱えています。「アイデンティティの探求」という中心テーマは魅力的ですが、物語の核心となる秘密の開示が性急で説得力に乏しく、プロットの展開が観客の感情的な高揚感を十分に獲得できませんでした。その結果、物語の持つ詩的な側面が損なわれました。
映像・美術衣装
この映画の視覚的な表現は、極めて高い成果を収めています。撮影監督アラミス・スーリンによる光と影、色彩の使い方は、アクション・スリラーとしての独自の映像美を確立しました。美術と衣装についても、ハンナが育った環境と、CIA施設などの人工的な空間との対比が巧妙に設定されており、作品のテーマを視覚的に効果的に補強しています。この映像美術面の完成度は、本作の大きな支えとなっています。
音楽
ザ・ケミカル・ブラザーズが提供したエレクトロニック・サウンドトラックは、作品にユニークな個性を与え、アクションシーンの躍動感を増幅させました。そのサウンドスケープは前衛的で評価できますが、物語の感情的な深部を表現するよりも、映像にクールな要素を付加する側面が強調された印象があります。
主演
評価対象: シアーシャ・ローナン
適用評価点: B8
助演
評価対象: ケイト・ブランシェット、エリック・バナ 他
適用評価点: B8
脚本・ストーリー
評価対象: セス・ロックヘッド、デビッド・ファー
適用評価点: B6
撮影・映像
評価対象: アラミス・スーリン
適用評価点: S10
美術・衣装
評価対象: サラ・グリーンウッド 他
適用評価点: A9
音楽
評価対象: ザ・ケミカル・ブラザーズ
適用評価点: B8
編集(減点)
評価対象: ポール・トーシル
適用評価点: -1.0
監督(最終評価)
評価対象: ジョー・ライト
総合スコア: \bm{71.50}