劇場公開日 2011年6月10日

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「こんな面白い映画を撮れるのなら、『トワイライト』シリーズも何とかして欲しい!」赤ずきん 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0こんな面白い映画を撮れるのなら、『トワイライト』シリーズも何とかして欲しい!

2011年6月21日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 深い森を俯瞰して、赤ずきんの暮らしている村が映し出される冒頭は、なかなかの導入部でした。さて、『トワイライト』と同じ監督が演出しているだけに、オオカミの造形、そして深い森が舞台など共通点が多く見られます。なかでも人間ならざるものとの恋+イケメン同士の三角関係が描かれるところは、トワイライトシリーズの延長線上にあると言っても過言ではないでしょう。

 さて本作のキモは、誰が人間に化けているモンスター狼であるかという謎解きにあります。モンスター狼はゾンビと同じく、月が赤く染まる期間に、人に噛みつくと、"仲間"を増殖できるのです。従って、村人の誰もが、人間の外観をもつ狼として可能性があったのです。主人公の身近な存在に疑惑が高まるストーリー展開は、ラストに向けて一気に二転三転し、クライマックスでは本当に意外な人物が、「犯人」だったことがネタバレされて、びっくりしました。そこまで行き着くエピソードも、仕掛けが満載。エンターテイメントとしても推理サスペンスとしても、最後まで飽きさせず楽しませてくれました。

 主人公のバレリーは、幼なじみのピーターとの思い出は語られても、狼のことは全く触れられませんでした。トラウマになっているのかも?むしろ子供の頃自分が率先して、ウサギを捕まえて殺した残忍さが何度もリフレインされます。この残忍さって、意外と重要な伏線だったのですね。すっかり美しく成人した"赤ずきんちゃん"ではありましたが、お母さんからもらった赤ずきんをはおり、大きなくりくりした瞳を輝かされるところは、"赤ずきんちゃん"を彷彿させて余り有るものでした。

 さて物語は、永年の生け贄の風習を打ち破って、狼狩りに成功して浮かれる村の宴のシーンが冒頭に描かれてしまいます。えっ狼が冒頭で、もうやっつけられるのかと思いきや、モンスター狼が登場。村人の希望を打ち砕くように現れて、バレリーに詰め寄り、共に森を出ていこうと話しかけます。モンスター狼はどうやらバレリーの知り合いである可能性が高いようです。
 しかし、バレリーの姉がモンスター狼らしき存在に惨殺されていたことから、にわかにバレリーの身近な存在とは考えられませんでした。これは、ずっとラストまで見ているものの頭を悩ます矛盾として、ネタバレまで持ち越しました。
 それでもカメラは執拗に、バレリーの家族や恋人のピーター、そして母親がバレリーの婚約者に押しつけようとしているヘンリーなど、身近な人間が不審な行動をするところを追って行きます。実は、バレリーには出生の秘密があって、それを知ってしまうと、たとえ肉親であっても、狼である可能性を感じさせる、上手い脚本運びなのです。

 さて、バレリーが狼と「会話」した事実は、居合わせた友人の密告により露見してしまいます。村に招かれていた魔物ハンターのソロモン神父は、妻をモンスター狼に殺された恨みから、狼狩りのためには手段を選ばない無慈悲な鬼と成りはてていたのです。
 密告を聞いた神父は、バレリーを魔女扱いにして、教会の門前に監禁。モンスター狼を誘き寄せる"エサ"にしてしまいました。
 バレリーの危機に、対立していたピーターとヘンリーは三角関係の対立を一時解消。共闘するものピーターは捕まってしまいます。隙をみてピーターが逃げ出したとき、入れ替わるようにモンスター狼が登場します。そして観客の誰もが、ピーターが狼であるとしか思えない展開が続きます。
 ヘンリーによって、教会から脱出したバレリーは、森でピーターから、村を一緒に出ようと誘われます。その物言いは、狼が語ったこととそっくり。カメラは、緊張した面持ちのバレリーの表情をクローズアップしていき、パンして雪の中に燃えるように拡げられた深紅の赤ずきんを映し出しました。
 果たして、『トワイライト』と同様に、バレリーは狼人間の恋人となって生きるのかどうか、ラストシーンの大どんでん返し!!にご注目下さい。
 なお、ラストには古典の『赤ずきん』を彷彿させる、森のおばあちゃんの安否を気遣い、訪ねていくシーンが登場。そこには古典同様に狼が居合わせ、狼が誰だったのか衝撃の真実が明らかにされます。
 アマンダ・サイフリッドの赤ずきん役は、イメージぴったりでした。

 最後にひと言。こんな面白い映画を撮れるのなら、『トワイライト』ももっと意外性のあるストーリーを考えてもらいたいものですね。

追伸
エンドロール後にひと吠え出てきますので、途中でお席を立たないようにして下さい。

流山の小地蔵