劇場公開日 2012年9月15日

「暦、囲碁、算術と動きがなく、映像で表現しにくい題材を、違和感なく溶かし込んでいることが凄い」天地明察 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0暦、囲碁、算術と動きがなく、映像で表現しにくい題材を、違和感なく溶かし込んでいることが凄い

2012年9月17日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 どんな困難にも諦めず暦の改革に打ち込む主人公算哲の姿には、同じ探求者として深い感銘を受けました。その算哲を挟んで暦支配を争う幕府と朝廷を置き、北極出地の旅、算哲が三種の暦を天下に問う「三暦勝負」などドラマチックな展開で、2時間21分の長尺を全くあきることなく、ラストまで画面に釘付けとなりました。

 アカデミー賞受賞4年間というブランクは長すぎです。けれども監督の選んだ原作は、自らのライフワークにされている「時代の息吹きを描く」ことに相応しい内容でした。
 特に暦、囲碁、算術と動きがなく、映像で表現しにくい題材を、滝田監督は物語の中に違和感なく溶かし込んでいることが特色です。
 例えば、囲碁。冒頭の道策と算哲の勝負で碁石をアップで見せ躍動感を表現。観測方法や法則性などが難解な暦作りも、観測者の動きと声で親近感を持たせました。北極出地の歩く場面をふんだんに盛り込むなど、「動」を意識した演出も冴えまくります。
 暦の改新という地味なテーマが、これほどに知的で波瀾万丈で躍動感に満ちた映像に仕上がるなんて驚きです。しかも、各場面にほどよい間と施されていて、深さを感じさせてくれました。4年も待たされた分、演出面ではより一層深化し、深い感動と未来への希望をいだかせる素晴らしい作品が完成したと多いに評価します。

  舞台は江戸幕府四代将軍・徳川家綱の時代。碁打ちとして徳川家に仕える安井家の息子・算哲は、算術や天体が好きな青年に成長。棋士としても只者ではありません。将軍や幕府要職者に碁を指南するという要職であり、この人脈がその後の算哲の人生を大きく変えていくことになるのです。また棋力としても、史上最強の棋士として讃えられている本因坊道策の好敵手であったほど、当代随一の碁打ちだったのです。強いだけでなく、その碁風は革命的でもありました。将軍列席の御城碁で、真ん中の天元から打つことがどれくらい非常識な一手か!小地蔵も高校時代は囲碁部で全国大会を目指していたぐらいなので、このシーンには卒倒しました。当時も今も、隅から打ち始めるのが囲碁の常識なのです。しかし算哲は「天元は北極星にあたる。最善の一手」という信念のもとで断行。このあとも暦作りで大胆な勝負を挑めたのは、勝負師として、定石に拘らず生きてきたからなんでしょう。

 算術の知識を見込まれた算哲は、会津藩主保科正之の命によって、日本全国の緯度を測定する北極出地の旅に出かけます。調査隊の幕命を体現した、膝を高く上げて後進する姿は威風堂々というよりもコミカル。特に隊長の建部伝内 を演じる笹野高史と副隊長伊藤重孝を演じる岸部一徳の掛けあいが絶妙!厳しい風雪のなかにあってもほんわかした雰囲気を感じさせてくれました。
 この旅で算哲は、800年前に唐からもたらされた宣明?に2日間のズレが生じていることに気がつきます。このズレは徳川幕府も大恥をかいたことがあったのです。先々代将軍の秀忠が、隠居の挨拶に上洛して朝廷に挨拶しようしたら、暦の違いで約束した日は昨日だったなんてウソのような逸話も残っています。だから数多くの種類が横行していた当時の暦を統合することは、時代の悲願であったのです。けれども暦の決定権限は、ずっと京の貴族たちの特権事項で、そう簡単には変えられないシステムになっていました。

 天下の副将軍徳川光圀に願い出た算哲は、許可を得て、江戸に観測所を設けて丹念な観測の積み重ねに裏打ちされた暦学理論を研鑽し、ついに授時暦こそ正しい暦だと突き止めます。その成果を元に改暦を朝廷に上奏したものの却下された算哲は、瓦版を巻き込んで、どの暦が正しいか「三暦勝負」を町衆に提案。大衆パワーで朝廷に揺さぶり をかける発想は、当時の階級社会では考えられない作戦です。「三暦勝負」では、他の暦を圧倒した正確さを誇示し続けた授時暦でしたが、日食だけは何故だか外れたのです。
 ここからは、算哲を慕うえんとの恋も絡み、まるで青春映画のように、算哲の惨めな挫折と格闘が描かれていきます。紆余曲折して、妻となったえんがいいのです。算哲を優しいまなざしで支え、ときにはきついことをいうえんには、説得力のある演技をする宮崎あおいがぴったり!仲むつまじい夫婦の姿に幾たびも感動しました。
 そんなえんの内助の巧が実って、授時暦の問題点が時差にあることを突き詰めた算哲は、授時暦を日本向けに改良を加えて大和暦を作成。これを認めようとしない朝廷相手に、自らの切腹をかけた大勝負を、京の街なかで打ってて出ます。

 見おえて、算哲のすごさを感じたのは、碁打ちとして名声を得ているのにも関わらず、自らの信念を全うすべく、天体と算術に命までかけてこだわり続けたところだと思います。
その時代の息吹をつくるこだわりに滝田監督は共感したのではないでしょうか。そんな滝田監督もこだわりの人。劇中描いた夜空や天体図は、専門家も唸るほど当時の星の位置を正確に再現しているというのです。他の観測器具なども精巧そのもの。そんな監督だからこそ算哲という人物に惹かれたのかもしれません。

 算哲を演じた岡田准一も適役でした。星を見て、あるいは算術をしながら喜々とする青年の顔と、改暦事業に巻き込まれたあとに徐々に顔付きが変わり、最後には男の勝負師の顔になるところに、ぜひご注目を。
 またずっと算哲に仕えた坊主頭の強力役はもしやと思ったら、やっぱり武藤敬司ではありませんか。あれだけカリスマが自分の個性を殺して、目立たない強力役に徹することができたことも多いに評価したいと思います。

 最後に、貴族の権威のために間違った暦を長く使い続けてきたわが国では、今でも「誤算」が続いています。長年にわたる円高の放置。国家が「天地明察」となるために、金融にも算哲のように新たな「息吹」となる改革者の登場がまたられますね。

流山の小地蔵