「這い上がれる、か」生き残るための3つの取引 ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
這い上がれる、か
「クライング・フィスト」などの作品で知られるリュ・スンワン監督が、「ユア・マイ・サンシャイン」のファン・ジョンミンを主演に迎えて描く、犯罪ドラマ。
物語が始まる前から、勝負は決まっていたのかもしれない。出世を目の前でちらつかされ、手を出してしまった裏取引。その一つの過ちから、歯車が大きく、激しく狂っていく「低学歴」刑事の物語。観客は、一人の男がまがい物の権力を振りかざし、上り詰めようとする姿に興奮と、可能性を覚える。しかし、直に気付いてしまう。それは、はじめから在り得ないことだと。
警察、検察、闇組織の親玉。三つの権力がそれぞれの欲望、夢、金を求めて互いを脅し、傷つけあう空しさと、剥き出しの野性が本作のテーマとして用意されている。
嘘、見栄、怒号・・・ほぼ女性キャストを排した蒸し暑いほどに男臭い世界の中で、人間はどこまで野蛮に、汚く、生きるために必死になれるのかを韓国映画の真骨頂である暴力をたっぷりと織り込んで描き切る。
だが、その表向きのテーマをじっと、じいっと睨みつけてみると、巧妙に隠された物語の本軸が浮かび上がってくる。それは、何か。主人公である刑事チョルギに無くて、ライバルとなる検事にあるもの。
そう、「後ろ盾、ありますか?」ここに、尽きる。
人間、誰でも失敗をする。人に言えない後ろめたい隠し事が、一つや二つある。問題は、そのミスを巧妙にもみ消してくれる「後ろ盾」があるかだ。刑事には、それがなかった。一つのミスが、最期の結末へとノーブレーキで刑事を引っ張っていく。検事には、それがあった。だから、辛気臭い復活劇に向かって蜘蛛の糸が、降ろされたのだ。
犯罪ドラマとして観賞しても、二転三転するストーリーを的確に、時にユーモアを交えて作り上げる芸達者の俳優陣を揃えた良質の佳作として薦められる一品である。しかし、それ以上にこの作品は私達に、越えられない壁の存在を一人の男の転落を通して如実に突きつけてくる残酷性を抱えている点は、指摘しておかないといけないだろう。
どんなに頑張っても、どんなに優秀な仕事が出来ても、這い上がるための蜘蛛の糸がないなら・・・学歴、家柄、運。胸が痛む現実が、心に刺さる作品である。