劇場公開日 2012年4月28日

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「親の心、子知らず」わが母の記 マスター@だんだんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0親の心、子知らず

2012年5月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

笑える

幸せ

昭和真っ只中の夫であり父親として洪作は、当時としては普通にワンマンだ。作家志望の若者をさっさと運転手として雇い、妻に「それでは車を買わなければ」と言われれば、「もう買った」と事も無げに言う。万事がそんな具合だ。

洪作には3人の娘がいて、一番下の琴子だけは横暴な父親に反発する。まず、この二人が巻き起こす波風が親子とは?という疑問にひとつの筋道を形成していく。ことごとく反目し合いながら、実はこの二人、頑固で自分の考えを貫く似た者同士なのだ。

一見、横暴にも見える洪作にも、親と子の関係で拭い切れない苦い思い出がある。幼いとき、母は二人の妹だけを連れて、自分だけ知らない女のところに置いていかれたのだ。母に捨てられたという想いが、ずっとしこりとなっている。
それでいて、母から別れ際に渡されたお守りは今も大事に身に着けたままだ。本人は自覚していないだろうが、母親に対するコンプレックスは相当に強いものがある。

母・八重は何かにつけ「あの女に預けたのは一生の不覚だった」と言い出す。洪作を預けた相手を嫌悪した言い方だが、“あの女”が憎いのではない。裏を返せば、息子を手放してしまった自分を嫌悪しているのだ。自分が知らない息子の8年を知る女への嫉妬がある。

洪作と母は、いわばコンプレックスとコンプレックスがぶつかり合ったまま人生を歩んできたことになる。
ついに洪作は「息子さんを郷里に置き去りにしたんですよね」と問いつめるのだが、このあと八重の口から出る言葉に、洪作は数十年もの時の流れを一気に遡る。堰を切ったように溢れる涙が、長く遠かった母との距離を詰める水路のようだ。
親と子とは、ちょっとしたことが深い溝になるが、その溝を埋める手立てはなかなか探り当てられないものだと、つくづく思う。探り当てられた洪作は幸せだ。
役所広司も巧いが、樹木希林の演技を超越した表情、仕草、語り、この人の右に出る役者はいないだろう。

硬派な作品が多い原田眞人監督だが、今作では女性的な視点で語られるシーンが多く、感性に豊かな幅の広さを感じる。
芦澤明子の撮影による映像は、デジタルによる上映にもかかわらず、落ち着いた色調に抑えられ、奥行きもあり、どのカットも美しい。

マスター@だんだん