劇場公開日 2012年4月28日

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「拝啓 両先輩、いい映画でした」わが母の記 いおりさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0拝啓 両先輩、いい映画でした

2012年2月20日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

泣ける

笑える

知的

原作 井上 靖 × 監督 原田 眞人(敬称略)
お二方は、俺にとって特別
母校 沼津東高校(旧沼津中学)の先輩になるのだ

そんな縁で、井上 靖の自伝小説には馴染みがあった
「敦煌」「額田女王」「天平の甍」「蒼き狼」などの歴史物もいいが
氏の作品は、自伝小説の方が活き活きして個人的には面白い
その一つ「しろばんば」では、曾祖父のお妾で洪作育ての親
戸籍上の祖母、おぬいばあさん
つまり、本作の土蔵のばあちゃんとの描写もある

監督は俳優として「ラストサムライ」で見初め
「クライマーズ・ハイ」の人間描写に魅せられ
その後、母校の先輩と知って誇らしく思った

「わが母の記」は井上 靖の自伝的な話で
舞台となるは、監督や私の故郷でもある沼津や伊豆
ここまで見る前に思い入れを感じる作品は、初めてだ

本作では、小説家と生みの親である八重との関係を描く
小説家 洪作のモデルは靖自身である

洪作は、実母八重に捨てられて育てられたとの想いを抱え
そのわだかまりの中、痴呆の兆しを見せる母と向き合う
彼の家族も交え、彼は母に何を思うのか
単純ゆえに難しく普遍的な家族の在り方を見せる話だ

そのスクリーンには、なつかしき風景や風俗が広がる
天城のわさび田、沼津御用邸前の浜、川奈ホテルとゴルフ場
旧家の古めかしさ、「~だら」という方言、バンカラな学生

特に、洪作は我がオヤジそっくりで懐かしすぎた
オレは家族を養うために稼いでいる、黙って言うことに従え
身の回りのこと、着替えの用意から母の世話まで女の役目だ
理不尽とか身勝手とか、そんなことは言える雰囲気にない

役所 広司は、そんな昭和のオヤジを連れてきた
おかげでで、幼き日がよみがえった

また、母を演じる樹木 希林には祖母を見た
同じ言動を繰り返し、お節介を焼きながらよく動く
それでいて、誰からも愛された祖母だった
その目配せから動きから、演じているとまるで感じさせない

また、宮崎あおいの生意気さと優しさ
南 果歩の奔放な妹、キムラ緑子の感情溢れる様
どの俳優も、不自然さを感じさせなかった

ある時はテンポよい会話、たとえば冒頭の洪作兄弟の会話で
またある時は沈黙と間が、饒舌にその感情を描写する
判り易く言葉で言わせる野暮はなく、BGMも最小限だ
その「行間を読ませる」描写にどんどん引き込まれていく

彼らが作った昭和の家族は
活き活きとした、生命力溢れる作家井上靖の小説と同じ匂いだった

あんたは世の中をわかっていない
その母の言葉に呆れる洪作
俺を捨てたあなたに言われたくない

母に対する想いが溢れ、変化していく洪作の様は染みた
それでも 母は母 家族は家族
表現は全く違うが「ザ・ファイター」とも似たテーマ
そんな「簡単で複雑」なことが込められていた
終盤の御用邸海岸でのシーンには胸が熱くなった

ただ、この想いは30代以上くらい
昭和の古めかしさを知り、年齢を重ねないと伝わりにくいと思う
洪作が、家族に母を任せきりで自分では何もしないのが気になる
若え衆は、そんな今風な感想を持つかもしれない

しかし、当時はごく普通の文化であり、そういうもんなのだ
不器用ながら家族を守った父、それを支えた母
ようやく彼らを客観的に見られるようなった最近のオレには、効いた

両先輩が下さった物語は、自省のきっかけにもなるだろう
あるのが当たり前であることに慣れきった単純で複雑な家族愛、ってやつを

いおり