劇場公開日 2012年4月28日

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わが母の記 : インタビュー

2012年4月16日更新
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役所広司「わが母の記」撮影でめぐらせた母との思い出

10年ぶりの邂逅(かいこう)によってつむがれた母子、そして家族の愛は味わい深く、じわじわと心にしみ込んできた。役所広司が最新主演作「わが母の記」で演じたのは、井上靖氏をモデルにした昭和を代表する作家。「突入せよ!『あさま山荘』事件」以来となる原田眞人監督とのタッグで、老齢に差し掛かった男の人生の機微を丁寧に表現する新たな一面を見せた。幼い頃、母親に捨てられた記憶を抱える役どころに、撮影中は自身の母親に思いをはせることもあったという。(取材・文/鈴木元、写真/堀弥生)

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役所×原田監督といえば「突入せよ!」のほか、「金融腐蝕列島[呪縛]」、「KAMIKAZE TAXI」など硬派、社会派の作品が主流だった。だが、10年ぶりに組む「わが母の記」は井上氏の自伝的小説が原作。参考として見るように勧められたのは、小津安二郎監督とイングマール・ベルイマン監督の作品だった。

「原田さんも年を重ねられたのでね……。今までは本当にほこりっぽくて無国籍なものを撮っていましたけれど、年々変わってきている感じはしていました。今回は小津さんのように撮るのだろうかと思いましたけれど、撮り方は原田さんでした。でも、脚本はそういう乾燥した感じはなくて、すごくしっとりとしていましたね」

主人公の伊上洪作は、幼少期を両親と離れて暮らし母親に捨てられたという思いを胸に生きてきた。父親が亡くなったのを機に母親の記憶が薄れていったことで、妻や3人の娘、妹たちとともに母親と向き合うことを余儀なくされる。52~66歳を演じたが、役づくりにあたっては井上氏が幼少期をつづった別の自伝的小説「しろばんば」を手本に、慣れ親しんだ“原田スタイル”を受け入れていった。

「脚本は設計図で、現場に入るとスタッフとキャストで余白の部分を埋めていかなくてはいけない。ただ俳優たちが役をつくってきて、その気持ちでしゃべる言葉を監督は大事にしてくれるので、そういうだいご味と自分でつくっていかなくてはいけない大変さがあります。それは、監督が俳優たちに与える役づくりのヒントなんだと思います」

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徐々に記憶を失っていく母親に対し、とまどいを隠せない洪作。その微妙な感情を表現するにあたっては、井上氏が家族と過ごした自宅で撮影でき、遺族が残した数々の写真が大きく寄与したという。

「本当にラッキーでした。僕たちの仕事は芝居で、本当にあったことではないことをやりますけれど、場所だけでも本物だったというのはすごく力になりました。書斎で時間を過ごすと、庭の風景や日の光を井上さんが見ていたものだと思うだけでも、具体的ではないけれど力になっていたと思います。それが映画の画面に表れていると思いますね。写真から伝わってくるものも大きかった。印象的だったのは、庭で井上さんがだいぶ記憶が遠のいてきたお母さんとニコニコしながらおしゃべりしている写真。八重さん(母親)も陽気な人だったらしいし、井上さんもある時期を過ぎたら楽しかったんじゃないでしょうかねえ」

その母・八重を演じたのは樹木希林。変幻自在の老化ぶり!?は、完全にスクリーンを支配している。共演は意外にも随分前にテレビで少しあったくらいだそうだが、ほぼ初めてという本格的な絡みにも実力を熟知しているだけに、あらためてそのプロフェッショナリズムに感嘆を覚えた。

「ステレオタイプの表現はしない人だから、俳優としての人間の描き方や観察力は間近で芝居をさせてもらいすごく感じました。小道具や食べる物を自分で用意してきたりすることもあって、そういうち密な計算で芝居ができているんだろうと。希林さんはアーティストより職人が好きだって言っていますけれど、職人技というかそういうところが素晴らしいと思います」

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2人の芝居は化学反応のように徐々に溶け合い、母子の溝も埋まっていくように映る。そして、ほとんど記憶を失った八重の何げないひと言が、洪作にとって衝撃的な真実となるシーンは感動を覚えずにはいられない。役所も演じていて、親子のきずなを感じたようだ。

「いくら年をとっても、子どもは子どもなんですよね。偉そうなことを言っても、親にとっては子どもだって。自分が子どもを持ってみると、子どもが腹の中で何を考えているか、ウソをついたり隠したりしていることはだいたい分かる。伊上洪作もあの年になって、母親の記憶は薄れていますけれど、やっぱり子どもは子どもだなって感じましたね」

だからこそ、撮影中には自身の母親を思い出すことも多かったという。既に鬼籍に入っているが、生前は1年に1度は帰省していたそうで、「母親を思い出すことが、この映画にとって一番大事だった」と振り返る。

「それしかお手本はなかったですし、うちの母親はそんなにぼけてはいなかったけれど同じ話の繰り返しはたくさんあった。今の年齢(56歳)でおふくろがいたらどうだったんだろうとか、そういう過去から未来のことまで想像する。この仕事をいただいて、忘れていたことを思い出し、そのときの感触やにおいまで思い出すことができたのは良かったですね」

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一方で、洪作は家長として3人の娘に威厳を保とうと振る舞う。遺族へのリサーチで「本当に怖かったらしいですよ。ちゃぶ台をひっくり返すようなお父さんだった」という情報は得ていたが、ときに虚勢を張る姿はおかしみも誘う。特に祖母のことを常に気遣い、父親にも反抗的な態度を見せる末娘・琴子とのやり取りは重要なサブストーリーとなっている。

琴子を演じた宮崎あおいとは「EUREKA ユリイカ」以来、11年ぶりの共演。当時は、バスジャック事件で生き残った運転手と乗客の少女で、後に共同生活を始める擬似親子のような設定だったが、今回は本当の親子。宮﨑は「大人の男性の色気を感じた」と述懐したが、役所は彼女の成長に太鼓判を押す。

「あおいちゃんが13、14歳のときに出会って、あれから本当に大きな荷物を背負って歩いているから今ではでんとしている。腹が据わっているし、頼もしいですよ」

それでは、実際の父親としての役所はどうなのだろう。息子の橋本一郎は既に俳優として活躍しているが、洪作のように厳格だったのかと尋ねると苦笑いで否定した。

「いやいや、全然違いますよ。反面教師です。子どもには、こんな大人でもいいんだと勇気を与えています(笑)」

当然、謙そんや照れが含まれているはずで、そんなリップサービスが出るあたりにも作品への確かな自信がうかがえる。10年の時を経て、原田監督とともに昭和の一時代を駆け抜けたニッポンの家族、父親、そして息子としての心象風景をスクリーンに焼き付けた「わが母の記」。新しい形の原田映画の誕生か問うと、役所は「そうですね」と満足げにうなずいた。

2人は、昨年秋にTBS系で放送された同じ井上氏の「凍える樹」をドラマ化した「初秋」でもタッグを組んだ。ここにも、原田監督の小津作品に対する思いが見て取れる。役所を当てはめるならば、小津映画の象徴だった笠智衆のような存在か。あうんの呼吸で仕事を重ねるこのコンビから、しばらくは目が離せそうにない。

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