劇場公開日 2012年1月14日

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「ラストはハチャメチャで、完全に破綻していました。」月光ノ仮面 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

2.0ラストはハチャメチャで、完全に破綻していました。

2012年9月20日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 板尾監督の作品の特徴は、主人公の得体のなさ。予測不可能な奇行をケレン味たっぷりに描きます。前作は、それなりに面白かったものの、本作はやり過ぎというかラストはハチャメチャで、完全に破綻していました。
 自分の作風に拘るあまり、既成概念をぶちこわそうと毎回チャレンジしているのはいいのですが、ストーリーそのものまでぶっこわして、訳のわからなさを演出しようしするのは観客無視もいいところです。

 物語は、古典落語『粗忽長屋』にヒントを得て、勘違いが織りなすコミカルな展開を狙ったものでした。原典では、ハチという粗忽者がしっかり描かれるから、行き倒れが自分であるという八の真剣な説明を聞いているうち、やがて自分が死亡していたのだと考えるに至るという熊公のボケぶりに真実味が出ます。

 けれども本作の主人公となる森乃家うさぎにすり替わった男の場合、勘違いの度合いが過ぎていると思います。きっかけは高座に上がろうとした男の持っていたお守りを見て婚約者の弥生が勝手にうさぎが帰ってきたと喜々として叫んだので一門の全員が勘違いしてしまうのですね。確かに戦争によって傷つき記憶まで失くしたことと、顔面を包帯で巻いたことで、男の正体が本人も分からないというカモフラージュが為されては居ます。けれども、傷が癒えて包帯がとれても男は、うさぎになりすましたままで誰も疑おうとしません。一番ヘンなのが弥生が男に抱かれても、違和感を感じないことです、イチモツの大きさまで同じだったのでしょうか(^^ゞ
 この勘違い、戦地から本物のうざぎが帰還しても続くのです。いくら記憶と声をなくしているからといっても、一門の人間や婚約者なら分かるものでしょう。

 落語の一門が舞台となるだけに、落語映画の一面も持ってはいる作品ですが、何しろ男が素人だけに、 高座に上がっても“粗忽長屋”を呪文のようにつぶやくだけで、全然盛り上がりません。古典落語をまくらに使っているのなら、もっと原典に敬意と愛着を込めて板尾監督は接するべきでした。

 こんな展開だから、ラストは終わり方に困って、高座から一門や観客を突然機関銃で殺してしまうという訳の分からない終わり方。もっと粋な終わり方を考えて欲しかったです。

流山の小地蔵