恋の罪 : インタビュー
園子温監督、“本質”を求める旅はいまだ継続中
「前作の『冷たい熱帯魚』が“油ギッシュな男の映画”だとしたら、今回の『恋の罪』は“大胆な女の映画”。大人の女性の映画を撮ってみたかったんですよね……」と語るのは、日本映画界の異端児として国内外から注目を浴びる園子温監督。自らの中に、ある日突如としてわき上がった“大人の女性を描いてみたい”という熱い思いは水野美紀、冨樫真、神楽坂恵という3人のヒロインによって、美しくも衝撃的なドラマとしてスクリーンに映し出された。女の性、女の生きざま、女の愛──を描くことによって垣間見えた、園子温監督の映画作りの原点に迫る。(取材・文/新谷里映、写真/堀弥生)
世紀末の渋谷区円山町ラブホテル街で女性の無残な死体が発見される。その猟奇的殺人事件を追う刑事・和子(水野美紀)は、大学のエリート助教授・美津子(冨樫真)、人気小説家を夫に持つ主婦・いずみ(神楽坂恵)の存在にたどり着く。同作は、1990年代に日本で起きた殺人事件にインスパイアされたサスペンス。しかし、事件そのものではなく女の本質に迫ってみたいというのが、園監督の本音だ。
「15年くらい前に事件の話を聞いたとき、興味深い話だなと思ったけれど、映画化したいとは少しも思わなかったんです。撮ってほしいと何度も言われていたんですが、やる気は起きなかった。それが、ある日突然に映画化したくなって。(映画を撮りたいという衝動は)いつも唐突にやってくるんです。『恋の罪』も『冷たい熱帯魚』も『愛のむきだし』のときも、唐突に撮りたくなった。でもそれまでは、まさか映画にするとは思ってもみないんですよ」。唐突に訪れるというスイッチ──園監督の興味をかき立てるモノは、事件そのものや物語ではなく、その奥底によこたわる本質にある。
「恋の罪」に関しては、「もしも、こういう女性だったらどうだろう……って考えると、がぜん興味がわいてきたんですよね」と、女性への興味がスイッチだったと明かす。目指したのは、最近はあまり描かれなくなった大胆な女性。「これまでにも、たとえば『卍(まんじ)』といったような(大胆な)女性映画は作られてきたけれど、それと同じものをなぞる気はなかったんです。どこかで聞いたことのあるセリフとかを使う気もなかった。新しいというか、もっと別のことをやりたいなと。今回の題材も、事件を忠実にやろうとしても面白くない。だから逆に、事件の見えている部分はぜんぶ塗りつぶして、その本質を見たいというかね。どうやって殺されたのかとか、犯人が誰なのかではなく、その本質が見たかったんです」と言葉に熱を込める。
その本質をつむぎ出していくキャラクター、和子、美津子、いずみを演じる3人の女優たちは、園監督の期待にこたえるべく、体当たりという表現が生ぬるいと感じるほどの演技、驚きを通りこした演技、女性の凄さを見せつけた。3人の女性それぞれに託した本質とはどんなものだったのか。「和子は本当に普通の女性で、浮気心もうまくいっているがゆえのもの。でも、ちょっと不満があって、けれどその不満がなんで起きるのかは自分でもよく分かっていないんです。あとの2人は(物語の)中心になる女性で。和子は男を欲していたけれど、美津子といずみは男を欲している性欲的なものよりも、もっと深いものを求めている。師匠が美津子で、その生徒がいずみなんですね」。身も心もむきだしにして女の本質を演じた3人のヒロイン。それを引き出したのは、まぎれもなく園監督。気を付けたのは女性目線であること。「男性目線で映画を撮らないようにしようと決めたんです。男性目線にしてしまうと僕の考えたテーマとは違ってきてしまう。どこかに男性目線は入ってはいるけれど、それを誇示しないようにしようと。そして、取材を重ねて映画を作っていくうちに、自分自身の性的な衝動が消えたんですよね。坊さんになった気分です。そろそろ復活したいとは思っているんですけどね」と苦笑いするが、それだけ本質に近づけたという証でもある。
また、興味深いのは、清楚で献身的な主婦のいずみのモデルが園監督の母親であること。「僕が付き合ってきた女性は反映させていないですね(笑)。ただ、いずみという女性を描くにあたっては、自分の母親をイメージしていて。うちの父親はすごく厳しい人。犬神家の一族みたいな家庭だったんです。男は台所に立つべからず、女は夫の影を踏まず後ろからついていく、そんな父と母の関係、日本の古い戒律を背負った女性をイメージしていました。当時、母親を見ていて、もっと解放されればいいのになとも思っていたし。やっぱり、幼い頃に思ったことって、生涯逃れられないもの。そのカルマって大変なものだと思うんですね。あと、最近気づいたことがあるんです。台本は取材と自分の経験以外は何も書いていないということに気づいたんです。以前は想像力で書いていたと思うんですけど、多分『紀子の食卓』あたりからそういうスタンスになった。自分では選べなかった父と母にどうあらがうか、反面教師でもあるんです」
そして、もうひとつ。タイトルの「恋の罪」の“恋”にも、自身の苦い経験談を込めているのだと、かつての恋愛を思い出の箱から引きずり出す。「タイトルには、僕のせつない話があるんです。以前つきあっていた女性にほかに好きな男ができて、別れ話になった。その時に、あなたのは愛だったけれど、これ(新しい男)は恋なのって言われた。もう、愕然としましたね。だから、愛の罪じゃなくて恋の罪(苦笑)。英語で言えば、僕とはラブで、新しい男がロマンスだということですよね。『恋の罪』というタイトルそのものは、マルキ・ド・サドの小説のタイトルをそのままもらっているんですけど、彼が描いた罪はギルティではなくクライム、本当の犯罪の意味の罪だった。それを僕は、ギルティ=罪悪感というものにしたんです」と少し照れくさそうに告白する。今作には、女性と園監督の本質が描かれているわけだ。
ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞とカリガリ賞を受賞した「愛のむきだし」、ベネチア国際映画祭〈オリゾンティ部門〉に正式出品された「冷たい熱帯魚」、そしてカンヌ映画祭・監督週間に正式出品された「恋の罪」。3年連続で3大映画祭に出品を為し遂げた快挙にとどまることなく、最新作「ヒミズ」では、主演の染谷将太と二階堂ふみが日本人初となる新人俳優賞ダブル受賞に輝いた。園子温監督の躍進はまだまだこれから。取材の最後に「それでも、女性を描くのはやっぱり面白い。もっと深く掘り下げていきたいテーマではありますね」という言葉を残したことからも察しがつくように、園監督の“本質”を求める旅は、今後さらなる秘境へ続いていくだろう。