ダンシング・チャップリンのレビュー・感想・評価
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このまま聞いても、俺の心が乱れてる
映画「ダンシング・チャップリン」(周防正行監督)から。
映画の前半部分は「第一幕 アプローチ」
通常の映画では「メイキング」と称される部分。
後半部分が、作品としての「第二幕 バレエ」
映画だと言うのに「第一幕」と「第二幕」の幕間に
しっかり「5分」の休憩時間があるところが面白い。
まぁ、周防監督が奥さんである草刈民代さんのバレエシーンを
劇場で開催される公演記録としてではなく、
映画作品として残そうとしたところが斬新と言えば斬新。
振付師(ローラン・プティ)に映画の構想を語り、
意気投合して、一気に進めようとした監督に、
振付師は「私にとっては、映画化する意味がない。
そんなやり方では、やりたくない」とピシャリ。
このままでは、話が一向に進まないと判断した監督は、
通訳の人に、小さな声で耳打ちをした。
「ちょっと作戦立てるほうがいいかもしれない。
このまま聞いても、俺の心が乱れてる」と。
冷静さを失って交渉することの難しさを教えてくれた。
メイキングとはいえ、このシーンはインパクトがあった。
映画作品としての評価は分かれるところだろうが、
新しい試みとしては、面白かったのではないだろうか。
舞台と映画の攻防技。
名画座にて。
今作と往年のチャップリンの名作が同時上映、面白い試みだったv
映画の神様と謳われるチャップリンだが、私も彼の大ファンである。
映画という世界に私を導いたのは、かのJ・ディーンなんだけれど^^;
映画の世界を堪能させてくれたのは故・淀川先生とチャップリンだ。
思えば高校の教科書なんかでも取り上げられていたが(ライムライト)
泣いて笑って何度も人生勉強をさせてくれたのが彼の映画である。
で、そんな彼をモチーフにしたバレエがあったのを知らなかった^^;
1991年初演、R・プティ振付、L・ボニーノ主演のタイトルのバレエを、
今回周防正行監督が妻の草刈民代とルイジを共演させて映画にした。
第一幕と第二幕に分け、企画段階から~構想~練習風景の第一幕と、
本番舞台劇の第二幕、間に幕間まで入り、劇場に来たみたいだった。
非常に面白い試みだと思った。
しかし^^;
舞台と映画はまるで表現方法が違うことを勉強できる?作品でもある。
振付家のプティ氏は周防の企画になかなかゴーサインを出さない^^;
あくまで舞台劇にこだわる彼と、屋外で映画的にも撮ろうとする監督。
どっちがどう、というわけではないのだが^^;どちらの言い分も分かる。
舞台やバレエは人間を観るものだから、余計な背景・配色は要らないが
映画は人間を含めてすべての世界を観るものだから、背景も重要である。
何を観るのか観せたいのかで変わる設定空間を、周防は根気よく粘る。
振付家も意地がありますからねぇ^^;おいそれとは折れないだろうな、と
思いながら、でもせっかく映画にするのなら、違う試みも入れて欲しいと
私ならやっぱり思っちゃうなぁーと考えながら、、観ていた。
結果は…二人の警官。→警官たち。で堪能できるv
そしてダンサー達の息というか、合わせ方も難しいものだと分かった。
本当に何度練習しても呼吸が合わないとムリなものなのだということも。
ベテランと新人との違いをまざまざと見せつける結果ともなっている^^;
草刈とルイジの練習風景、ほのぼのとしながら肝心なところはしっかりと
フォローするルイジのアドバイスぶり(このヒト、還暦とは思えない^^;)
バレエ界のチャップリンだな、と思わせる人となりに気持ちが温かくなる。
何度も何度も繰り返しやり直しを続けて、いよいよ本番を観ることになる。
さすがに。。
バレエは(好き好きはあろうけど)素晴らしかった。面白かった。
草刈は本当に美しいし、ルイジはチャップリンそのものだった。
所々で彼女の身体を支えるルイジがいるのだが、あの歳で(ゴメンね)
堂々と彼女を支えているその軸足が、まったくブレていないことに驚いた。
安定感は素人の私が観ても分かるほど。ホント、さすがだ。ブラボー!!
実際のチャップリンも撮り直しが得意な(爆)ヒトだったらしい。
映画にはそれが出来るため、逆に弱点として取り上げた草刈の言葉が
とても印象に残った。舞台なら一度だけ、だから失敗しても記憶に残らない。
映画ではそれが効かない。失敗は失敗として何度でも上映されてしまう^^;
だから完璧なステップにしなければならない。確かに…本当にそうだなぁ。
プロの意識は常に高い。観るものに感動を与えるのはそういう姿勢なのだ。
(周防夫妻にはまた何か映画撮ってもらいたいですね。喜劇もいいかもよ?)
映画(≒チャップリンの滑稽)×舞台(≒バレエの躍動美)=(映画+夫婦)愛2乗
第一幕では、厳しいリハーサルと難航する打ち合わせ模様を、
第二幕では、総力を舞台に費やした圧巻のダンシングシーンとの2部構成で、ステージの表裏の一部始終を赤裸々にかつ、ダイナミックに銀幕に収めた力作と成っている。
バレエを扱った映画では、先日観たナタリー・ポートマンの『ブラック・スワン』の痛々しさが強烈過ぎて、バレエへの敷居の高さを痛感していたが、そんな苦手意識を払拭する面白さが詰まっていた。
チャールズ・チャップリンが築き上げたサイレント映画でのパントマイムと、舞踏だけで物語を表現するバレエとは楽しみ方が共有化しやすいジャンルであるため、直ぐに入り込めたのも大きい。
しかし、一番の要因は、プロフェッショナルに徹した周防正行&草刈民代夫婦に本物の完璧主義者の境地を陶酔できた事に尽きるであろう。
オリジナルを踏襲しつつ、映画の要素を取り入れ、単なる舞台中継にならないよう知恵を絞り、編み出した周防正行のプロットを、
草刈民代は『キッド』の少年から、『街の灯』での盲目のヒロインetc.幅広い役柄を天性の美貌とダンスで颯爽と舞い、見事に引き継ぎ、体現している。
主役のチャップリン(ルイジ・ボニーノ)に引けを取らない牽引力は、ナタリー・ポートマン以上に活き活きとした躍動美と妥協を一切許さない演技への厳しさを誇っており、2人の絆でなければ絶対に実現不可能だったと云えよう。
特に『街の灯』における浮浪者と盲目の花売り娘との結ばれない愛は、残酷な美に包まれており、無意識に鳥肌が立ち、涙が零れた。
つまり、2人の夫婦愛を舞台と映画を融合させ、計算すると、
映画(≒チャップリンの滑稽)×舞台(≒バレエの躍動美)=映画愛2乗
という方程式が成り立つ。
さすがに、『黄金狂時代』での革靴を食べるシーンや、『モダンタイムス』でのボルト発作etc.名場面は登場しないが、少しチャップリン映画をカジった者ならば直ぐに連想できるラインナップは映キチに嬉しい味付けだ。
緻密なディテールで織り成す2部構成のため、観客は長時間向き合うスタミナと集中力を覚悟しなければならない。
しかし、一級のエンターテイメント特有の心地良い疲労感に浸れるのは間違いない作品である。
では、最後に短歌を一首
『美と滑稽 舞台狭しと 喜劇王 銀舞い降りし 夫婦髭かな』
by全竜
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