「硬直化したドラマ」アレクサンドリア よしたださんの映画レビュー(感想・評価)
硬直化したドラマ
古代ローマ社会にキリスト教がいかに浸透していったかということに、一つの具体的なイメージを与えてくれるという意味で興味深い題材だ。
しかしながら、登場人物が皆頑固者ぞろいで、お互いの思想・信条に歩み寄りを見せるとか、相手の宗教への理解を示すとか、そうしたことが全く描かれていない。とにかく自分の主義主張を、文字通り命を懸けて貫いているのだ。
もちろん、これがそのまま映画の時代設定、社会状況、人間観となっていて、暴力による社会変革へ直線的に進んでいく様を描いたのだと言えば、それで画面に映ったことの説明はつくのかも知れない。
でもこれでは人間の心の変化という、映画というものが観客の瞳と心を最も強く打つ要素に欠けているのだ。つまり、ここにはドラマは描かれておらず、歴史上起こったであろう新興宗教による陰惨な社会変容を映しとったに過ぎないのではないか。主人公ヒュパティアは恋も名誉も命もかなぐり捨てて、古代の科学的知見を守ろうとした殉教者で、キリスト教徒は彼女の命と一つの文明を地上から消し去った事実だけが残る。
はるか上空から見た球体の地球を何度も映し出したのは、この映画の人間ドラマの欠乏を糊塗してるように思えてならない。宇宙の存在とその歴史にしてみれば、地上の人間の心などとらえようもないほど些細なものであると。
ヒュパティアがいよいよ最期を迎えるときに彼女の後ろには、一頭のオオカミと、そこから乳を授かる双子の赤ん坊の像が見える。言うまでもなく、ローマ建国の伝説であるロムルスとレムスである。史上有名なアレクサンドリアの図書館や灯台など、VFXを使用した古代文明の描写は観ていて飽きない。
ここに人間ドラマが加わっていれば、とても壮大な歴史スペクタクルロマンになったはずだ。