髪結いの亭主のレビュー・感想・評価
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何かしらのテーマがない映画でもいい
床屋の婦人にエロい気持ちになった男の子が髪結と結婚したいと夢見て、エロい女と結婚してエロい日々を過ごす話。
夢オチか?と思うほど男にとって都合のいい話。
「何かを描かねばならない」とか「この映画のテーマは?」を否定した代表したような作品。僕には向かなかったが。
おもしろい男目線の映画
男向けの映画のようだけれど、 女の私が見てもそこそこ面白い。
しかし疑問はいっぱい。なぜアントワープはあの年になるまで結婚しなかったの…
そして、マチルダは美人だからほかに相手はたくさんいるでしょ…(若い美女と中年男の組み合わせは男の願望なのか。)
これらを真面目に考えるのは無粋だろうが。
マチルダは自分が一目惚れされたということがとても気に入っていたらしい。男の気持ちがどれほど熱烈なものか試しもした。 どうやら女として1日中見つめられることが大切なことであったらしい。
もちろん大抵の女はここまで単純でないだろう。だから、これはなかなか男目線の映画だ。どうぞ勝手に楽しんでください。こういうのは好みの問題でもある。
そして、結末は悲しい。しかし、こんな女が世の中にいてもいい、と思える。
ま、全体的に粋な作りではある。
そしてユニークなユーモアのセンスが楽しい。画像も美しい。
ちなみに父親のことばが個人的にはヒット。
…人生は単純だ。物でも人でも強く望めば手に入るものだ。失敗するのは望み方が足りないからだ…
いいなぁ、この言葉🤗
チェリーボーイの毛糸のパンツのようにチクチクと刺さった
私が小学校高学年か中学生になったばかりの頃、近所に新しい床屋(理髪店)が開業したので、行ってこいと言われた。30前後の若い女性が店主だった。カミソリを皮で鞣すしぐさにドキドキした。椅子を倒されシャンプーされると気持ちよくてイきそうだった。はじめて眉毛の眉間やうぶ毛のひげを剃ってもらい、鼻毛を小さなハサミで切られると恥ずかしくて、鼻血が出そうだった。彼女はそんな私をお見通しで、わざとエレガントかつ猟奇的に仕事をこなしたのかもしれない。まさにまな板の上の鯉だった。その店に行ったのはその次の2回限りで、そのあとは店の外から彼女の姿を時々覗き見るだけだった。完全に自意識過剰だった。そのことを今頃になって鮮明に思い出して、なんで通い続けなかったのだろうと後悔している。もしかして、もしかしたかもしれないのに。
中年になってから理容師のマチルドと結婚したアントワーヌのこだわり。毛糸のパンツのようにチクチクと刺さって、ザワザワした。
少年時代の微妙な思い出
ジャンロシュフォール扮するアントワーヌは、12歳の頃は床屋好きであった。特に髪を切ってくれる女性に好意を寄せていた。
確かに子供の頃は女性にカットしてもらいたい気持ちがあったかな。スケベ心が芽生える少年時代の微妙な思い出だ。通常、髪結いの亭主とは嫁を働かせて何もしない亭主を言うが、果たして理想的な男性なのかは疑問だ。しかしながら大人になって好きな事が出来るのはうらやましい限りだね。
独特な雰囲気の映画
何とも言えない雰囲気の映画だった。
老人ホームのご老人のセリフは的を得ていて良かったな。ある意味でタブーなところだけど。
主人公のあのキャラで、ああやって踊り出すのは、若干狂気を感じた。
評価:3.2
映画の中で語られなかったこと
1991年に映画館で見た。
毛糸のパンツで海水浴をしたら、さぞ股ズレが痛むだろうと共感した。
マチルドの髪が、肌が、瞳が、光るように美しかった。
女性の匂いや重みや温かさが、スクリーン越しに感じられるような気がした。
30年経ってもう一度見た。
毛糸のパンツ以外にも共感出来ることが多くなっていた。
髪結いの亭主になりたがる気持ち。
髪結いの亭主になりたがる子供を反射的に叩いてしまう父の気持ち。
髪結いの亭主になったと聞き、熱を出してしまう母の気持ち。
髪結いの亭主になった弟を祝福する兄の気持ち。
床屋の中を吹き抜けていく様々な客、それぞれの人生。
好きな人と一緒に暮らしを重ねていく幸せ。
好きな人と体を一つにする幸せ。
そうして、幸せの真っただ中で、幸せが怖くなって自殺をしてしまうマチルドの気持ち。
この映画の中ではマチルドの過去は消して語られない。
彼女はどんな両親に育てられたのだろう。
どんな兄妹がいたのだろう。
彼女はどんな男と付き合ってきたのだろう。
突然プロポーズをされてから、何を考えたんだろう。
冷たい水の中に落ちるまで、何を考えたんだろう。
もうこの年になったから判る。
答えなんか重要じゃないことが判る。
答えなんか重要じゃないけれど、いろいろ想像する。
そうしてスクリーンの中の様々な人生と、スクリーンの外の実人生が溶け合い交じり合っていく。
今度は何年後にこの映画を見るのだろう?
その時何を考えるのだろう?
夢現
この妄想し出したら、どこまでも終わらない感じが凄い。
意味を考えるのも一つ、何も考えずに見るのもいい。
わかるようでわからない。わからないようでわかった気になる。この絶妙さと曖昧さ、その哲学的な奥深さが、この映画の凄いなーって、毎回なるところ。
ビビビ
ビビビ!です。
踊れ踊れ。
一瞬は永遠。永遠は一瞬。
フランス本国なのか、はたまたフランス語圏アフリカのアルジェリアの街角なのか、
夢もうつつも渾然一体な、少年アントワーヌの白日夢のような映画でした。
マチルドの去った床屋で、相も変わらず踊ったりクロスワードパズルを埋めたりしながら、妻の帰りを待つアントワーヌなんですけど、
おそらく、次なるマチルドを彼は見つけるのだと思う(笑)
ブルドーザーで川を堰とめるような、単純で無謀な閃きをアントワーヌは実行してしまうのだから。
さて、
過去不明の天涯孤独なマチルド。その眼はいつも遠くを見ている。
・・彼女が幸せであったのか不幸せであったのかよくわからない。彼女の結婚は10年ほどであったけれど、波長が合ったらしい二人にとっては、あの10年は必要十分だったように見える。
幸福の絶頂をとどめて、ブリザードフラワーになったマチルド。本人がそう言っているのだからその通りなんでしょう。
ねっとりしたアントワーヌの視線をかわして、彼女は自分の個の人生をさばさばと生きるのです。これぞフランス映画って感じです。
ホタルは、成虫になるとわずか一週間の命だそうです。餌は食べずに、水だけを飲み、パートナーを探して命を終える。
相手を見つけてその一時だけ、それぞれの理由とか衝動とかが一致するその僅かな時間だけ、雌雄が同衾をするって、ホタルに限らず人間にもあるんでしょう。
一緒に生きる時間の充足度は、関わった時の長短には依らない。
この床屋には様々な珍客が訪れて人生模様を見せてくれました。
そして表通りからも店内は丸見え。
でもお構い無しの二人。整髪料も呑んじゃうとかはっちゃけている。人間って途中から壊れるんじゃなくて元々壊れてる。
例えばリンドグレーンの児童書を成長させれば“大人バージョン”はこんな感じになるのかな?
ル・コント監督の作品をもう少し探索してみたくなりました。気持ち悪さを覗き見る興味です。
日本人キャストで演るなら?
そりゃあもう岸恵子と山崎努でお願いします。
愛のかたち…
相手が世界のすべて。
その濃厚な世界を描きつつ、挟み込まれるエピソード。なぜ、ここでこんなエピソード?
けれども揺るがぬ二人の関係…。
と、思ったら突然の展開…。
愛とは何ぞや。
人生とは何ぞや。
そんなイシューを突き付けられ。忘れえぬ映画となる。
そんな強烈な映画なのに、ファンタジーのような不思議な世界観。
ロマンチックと、主人公の不思議な魅力、ヒロインの美しさに酔ってしまう。
ルコント作品は好き♪
ルコント作品って、つまらないストーリーであっても惹きつけられる魅力がある。エロチックであっても見せないエロス。完全に男目線であるけど、男のいやらしさよりも自然な欲望。イタリア映画では少年時代の淡い性欲を描いた映画が多いけど、それともどこか違う。
この映画の場合は独占欲が強い男アントワーヌだけど、50過ぎてもようやく二人目の理想の女性だったのだ。少年時代の憧れの理容師は鎮静剤の飲みすぎで死んでしまったという苦い経験。ずっと見守っていたいがためにマチルドに仕事をさせ、自分は店のソファでくつろいでいる。たまに理容中でも後ろから胸を揉み愛撫はじめる。
卓球好きの客、床屋嫌いの子供、など個性的な客も魅力的だが、アントワーヌがイスラムダンスを踊ったときの客の喜びようがなんとも言えない。しかし、マチルドの自殺・・・幸せな日々は永遠に心の中にしまっておいたほうがいいのか・・・ファンタジーっぽいけど、残された者の悲しみが胸に痛い・・・
深い映画というのはこういう映画のことを言う
最初見たときはなんだか訳が解からなかった。
次にネット配信されたのを見たらなんだか奇妙なセンスの中に人間の真理が表現されているようでとても興味深く観れた。
しかし結末の意味はやっぱり解からなかった。
そういう雰囲気を楽しむ映画なのか?とも思った。
とあるネット上の質問サイトでこの結末のことを取り上げていた。
それを読んで、もやもやがいっきに解消した。
と同時に、とてつもない悲しい映画なんだということがわかった。
いや~そのときの衝撃ったらなかった^^;
味のある映画というのはこういう映画のことを言うのだなあと思う。
フランス映画が意味が解からないから良いなどとほざいている、にわか映画評論家もどきの知ったかぶり馬鹿には死んでも理解できない世界だろう。
まあそういうやつは直ちに死んでもらっても別にかまわないが。
自分も理解できなかったクチだが、少なくとも理解したフリしてうぬぼれてはいなかった。
このような抽象的な映画から、真の主題を見抜く力というのは、おそらく人間の厚みというか、その人の人生経験の質の問題のような気がする。これを見抜ける人って、やっぱり人間ができてるんだろうなあ。自分も全然及ばない。
こんなことって、現実の日常でも起こってるのかもしれないなあ、と私の短い人生を振り返っても思う。
正直、自分は何度も観ようと思わないが、恋をしたことがある人なら、いちどは観ておいて損はない映画。
今まで観た中で一番の衝撃なラスト!
日本にパトリス・ルコントの作品で一番最初に紹介されたのが、本作。
時系列で幸せをとらえる男と、その瞬間瞬間で幸せを捉える女の性。個人差はあるだろうが、これけっこう男と女のリアリティだと思います。これを観た当時の青二才だったわたくしには、このエンディングはあまりにもショッキングです。ある意味ホラーです。
そらからルコント作品は観まくりましたが、この作品を作っていた時期って、彼病んでただな~とつくづく思います。自らのカタルシスのために徹底的にシビアな映画つくりを続けた彼ですが、そこにはきっちり娯楽性を持たしている。今の世界の監督の中で、彼ほど深いのにしっかり娯楽している映画を創りつづける人はいないと思います。
ハリウッドを一回離れたい人におすすめ。
こんな素晴らしい作り手がいるのです。
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