劇場公開日 2011年2月19日

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トスカーナの贋作 : インタビュー

2011年2月14日更新

友だちのうちはどこ?」「桜桃の味」などで知られるイランの名匠アッバス・キアロスタミ監督が、初めて母国を離れて撮影したラブストーリー「トスカーナの贋作」。イタリアの南トスカーナ地方の小さな村を訪れたイギリス人作家とギャラリーを経営するフランス人女性が、とあるカフェの女主人に夫婦と勘違いされたことをきっかけに、まるで長年連れ添った夫婦であるかのように振る舞い始める姿を独特のタッチで描く。第11回東京フィルメックスで来日したキアロスタミ監督に話を聞いた。(取材・文:編集部)

アッバス・キアロスタミ監督インタビュー
「手の届かない本物より、身近にあるコピーを大切にしようと思った」

初めて母国イランを離れて映画製作を行ったアッバス・キアロスタミ監督
初めて母国イランを離れて映画製作を行ったアッバス・キアロスタミ監督

本作は、キアロスタミ監督が初めて母国イランを離れて製作した作品だ。そう聞くと、昨年キアロスタミ監督の門弟であるジャハル・パナヒ監督が“反体制的なプロパガンダ活動”を行ったとしてイラン政府に逮捕された件もあり、真っ先にイランでの映画製作状況の困難さを懸念してしまう。

「最初からコピーとオリジナルの話を作ろうと思っていたから、それに理想的な博物館や美術館が多いイタリアでの撮影を前提で脚本を書いていた。つまり、決してこの作品がイランで撮れなかったわけじゃないんだ。僕のやりたいテーマに沿ったアイデアがたくさん生まれてくるような場所が、たまたまイタリアのトスカーナだったわけだよ」と弁明する。「確かにこれまでのイランでの撮影に比べると、今回の方が楽だった。でもそれは、国の違いというよりはきちんとプロデューサーがいたからなんだ。イランで撮るときは僕自身がプロデューサーだからね。それにイランでは役者に素人を使うけど、今回はジュリエット・ビノシュのようなプロフェッショナルだった。イタリアでの仕事がスムーズにいったのは、そういったさまざまな状況が整っていたからなんだ」

本役でカンヌ映画祭主演女優賞を戴冠したビノシュ
本役でカンヌ映画祭主演女優賞を戴冠したビノシュ

舞台がイタリアということ以外にも、新たな試みが導入された。素人をキャスティングすることがキアロスタミ作品の大きな特徴のひとつでもあるが、今回はフランスの大女優ジュリエット・ビノシュを主演に起用している。

「実は僕が決めたわけじゃなくて、ジュリエットが僕の映画に出ると言い張ったんだよ(笑)。普通は監督が俳優を選んでカメラの前に立たせるけど、彼女が『俳優がカメラの後ろにいる監督を選ぶのはおかしい?』と僕のカメラの前に出てきたんだ。それで、もともとあった小さなアイデアを実際に脚本に落とし込むとき、ジュリエットを想定して彼女のために書いたんだ」

ビノシュは見事、同役でカンヌ映画祭主演女優賞を受賞したが、その決め手は何だったのだろう。

「それを聞かれるとわかっていたら、カンヌの審査員に聞いておくべきだったな(笑)。彼女は色々な内面的な感情をうまく出してくれた。そもそも彼女自身に近い役柄だったから自由に演じることができただろうし、それは大きな魅力になったと思う」

映画初出演を果たしたバリトン歌手ウィリアム・シュメル
映画初出演を果たしたバリトン歌手ウィリアム・シュメル

一方で、ジュリエットの相手役となる作家には、イギリスの著名なバリトン歌手ウィリアム・シュメルが抜てきされた。

「プロの演技を抑えるためには俳優として素人のウィリアムが必要だったし、ウィリアムの芝居をよりプロフェッショナルなものにするにはその相手をプロにする必要があった。そのバランスが大事なんだよ」

男女の会話に流れる絶妙なトーンが、変哲もない日常を彩る。特に事件が起こるわけでもないのに、観客は2人の関係にハラハラドキドキを繰り返し、まんまとキアロスタミ監督の魔法にかかってしまうのだ。

こっけいな男女関係を微妙な会話のトーンで表現
こっけいな男女関係を微妙な会話のトーンで表現

「全ての台詞は、僕が現実の人生で見聞きしたことに影響を受けている。いつかアメリカにいる姉がイランに来たとき、『あなたの映画を1本も見たことない』と言うものだから、母と妹も家に呼んでみんなで僕の『風が吹くまま』(第56回ベネチア国際映画祭審査員グランプリ受賞)の上映会をしたんだ。見始めて3、4分で母がウトウトし始めて、僕が台所でお茶を片付けて部屋に戻ったときにはみんな寝ていた。それで僕がテレビを消すと、突然みんなが起きて『何で消すんだ!』って叫ぶんだ。『誰も見てないから消したんだ』っていじけたら、みんな『でもすごくおもしろかったよ』なんて言うんだ。『そんなこと言って寝てただろ! 好きじゃないならそう言えばいいのに!」って怒ったら、みんなで口をそろえて「好きだ、好きだ」と言い張る。頭にきた僕は、もういくら頼まれても見せてやらないと心に決めた。その翌日、姉が突然『あなた昔、子どもと車に乗ってるとき運転しながらウトウトしたでしょ? あなたは子供を愛してなかったって言うの?』って僕を責めてきた。『だってすごく眠かったんだ』と答えたら、『私も昨日すごく眠かったの!』と開き直られたんだ。このできごとはウィリアムの台詞にそのまま活かされているよ。でもこの話はこうして役に立ったから、やっぱり居眠りしちゃうことは決してそんなにひどいことじゃないよね(笑)」

このように、見知らぬ男女が織り成す風変わりな1日をシンプルに描いたラブストーリーだが、「認証された贋作」という意の込められた原題が暗示するように、真実と虚構のはざ間に揺れる男女を通して隠されたテーマが浮かび上がってくる。

日本映画からも多大な影響を受けた
日本映画からも多大な影響を受けた

「ウィリアムの台詞のなかに、『良いコピーというものをもっと愛するべきだ』というニュアンスのものがある。僕もこの映画を作ったあと、美術館にある手の届かない遠く離れた本物より、身近にあるコピーを大切にしようと思ったよ」

イランの巨匠が母国を離れて映画製作を始めたとあって、最近では世界中からオファーが舞い込んでくるそうだ。そんななか、キアロスタミ監督が次回作に選んだ舞台はなんと日本だった。詳細は明らかにされていないが、小津安二郎黒澤明の両監督を敬愛してやまないキアロスタミ監督ならではの選択と言えるのかもしれない。

「色々なところを旅していると、その土地その土地で物語が浮かんでくる。そうなるとわざわざイランに戻って作ることもないし、そこに行って撮らないと意味がない。今考えている作品は脚本を書く段階で日本を想定したものだから、日本のロケが相応しい。ほかの国のプロデューサーはうちで撮ってと言ってくれるんだけど、今はほかの国での撮影は考えられないね。次回作も男女の関係を描いたラブストーリーを作るつもりだよ」

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