「素晴らしい絶望に満ちたラスト」ブラック・スワン アラン・スミシーさんの映画レビュー(感想・評価)
素晴らしい絶望に満ちたラスト
「π」「レクイエム・フォー・ドリーム」「レスラー」など独創性の強い作品を発表してきて「ザ・ファイター」では制作もこなしちゃうダーレン・アロノフスキー監督の最新作。「レスラー」では「ナインハーフ」以降浮き沈みの激しかったミッキー・ロークをゴールデングローブ主演男優賞とアカデミー賞ノミネートで見事復活させたアロノフスキー監督が今作のミューズに選んだのがナタリー・ポートマン。「レオン」で鮮烈なデビューを飾り、以後様々な話題作や意欲作に出演し監督業にも進出している順風満帆な女優ですが、そんな彼女が今まで獲得したくても出来なかったのがアカデミー賞主演女優賞。俳優のポテンシャルを引き出すのが上手い監督と生真面目で賞の欲しい女優がタッグを組めば映画好きならケミストリーが起こる事を期待してしまいます。しかも二人ともハーバード大卒。でも「ソーシャル・ネットワーク」みたいな会話被せにはなっていないのでご心配なくw。元々「レスラー」と「ブラックスワン」は一つの企画で進んでした事から姉妹編と呼ばれており、上映時間が長くなり過ぎるという事で別々の作品として撮ったという経緯がありました。監督曰く、「ある者はレスリングは最低の芸術と言い、またある者はバレエを最高の芸術呼ぶ。しかし、私にとって驚くべきことは、これらの世界両方のパフォーマーがいかに似通っているかである。どちらでも、パフォーマー自身の身体を信じられないほど使って何かを表現している」と語っています。落ちぶれ感のあったミッキー・ロークと優等生から脱却できないナタリー・ポートマン。その二人とそれぞれの主人公を重ねられずいはいられません。まさにベストキャスティング。
NYでバレリーナとして日々鍛錬を積んできたナタリー扮するニナが白鳥の湖のヒロインに抜擢されてから本公演までの苦悩と悪夢を描いた本作。現実と悪夢との境目を描く事に定評のある監督らしく、ニナも同様に現実なのか幻覚なのかが段々分からなくなり追い詰められていく過程を密着して観ている錯覚に陥ります。ただニナは元々精神的に弱いらしくヒロインに抜擢される前から幻覚や身に覚えの無い傷があったりして、抜擢後はますますひどくなっていきます。単にちょっと精神的に弱いだけの子やん!っていうつっこみが冒頭から入れられそうですが終盤に向けての畳み掛けが物凄いので全く気にならなくなります。ヴァンサン・カッセル扮する芸術監督の女好きで簡単に裏切られそう感やミラ・クニス扮する自由奔放な新人ダンサーからの振り回され感等、登場人物を最小限に抑えて一人一人を濃密に描いている点は複雑になりがちなプロットを上手く際立たせる事に成功しています。未見の方は番宣でほとんど触れられていないので知らない方も多いと思いますが劇団の元花形ダンサー役でウィノナ・ライダーが出ています。チョイ役ですが重要な役どころなので知らないで観るとちょっとびっくりします。私生活同様すさんでいる感じがバシバシ出ているのでw。
新人ダンサーに誘われクラブへ行く辺りから本公演の本番までが特に現実と悪夢的幻覚が入り乱れ、観ている側にもどこまでが現実かを混乱させたまま突き進んでいき終盤はスリラーというよりホラーです。下手なホラー映画よりもかなり怖いのでナタリーが出ているオシャレなダンサー映画だと思って観た方はトラウマになるかも。いやなるな。本番で白鳥から黒鳥へと変化する際に冒頭からあった背中の傷という伏線が黒鳥の羽根が生えてくる過程だったという点や新人ダンサーに挑発されて刺してしまうが実は自分自身を刺していたという点は、今まで優等生で我慢を強いてきた自身の心と身体の解放を表しており今までの幻覚が真の悪夢へと昇華される非常に説得力と見ごたえのあるシークエンスとなっています。黒鳥を踊り切った後に死が迫り視界が明るくなるラストはニナ自身が心の奥底で望んでいた最後であり、この映画にはこのラストしか考えられないという素晴らしく絶望に満ちた終わり方でした。
ただ普段の生活では馴染みの薄いバレエを題材にしているのでこの世界観を今一つ掴みにくい所が難点です。なので、あまりバレエに馴染みの無い方にお薦めなのが天才女性バレエダンサーの成長を描いた漫画「昴」と続編「MOON」です。これを読めばバレエの世界観は完璧に掴めます。間違っても黒木メイサ主演の映画「昴~スバル~」ではないので間違えないように!映画は観る価値0点映画なので・・。
という事で、あまりバレエの知識の無い方は漫画「昴」「MOON」を全巻読んでから気分的にはちょっと落ち込み気味の時に映画館で見て壮絶な彼女に比べたら自分はまだマシだと前向きになりたい時にオススメです!