「「映画館のための」、映画」ブラック・スワン ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
「映画館のための」、映画
「レスラー」などの作品で知られるダーレン・アロノフスキー監督が、ナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセルを迎えて描く、サスペンス映画。
この作品を、単純に名門バレエ団に起こる愛憎劇と考えてはいけない。もちろん、大きな軸としてバレエという身体芸術を巡る嫉妬と悪意がある。だがそれだけに収まらない本作の魅力こそが、ナタリー・ポートマンを絶賛の演技へと導いたのだということを忘れてはいけない。それは、何か。
「人間の閉じきった感覚を全力でこじ開ける、衝動」だ。
作り手はバレエという究極の身体芸術に対して、時間と手間を惜しまずに向き合ったのだろう。その世界から生み出される己の肉体一つで作り上げる色気と可憐、弾け飛ぶ汗と指先一つの迫力という多様な美的要素を認識し、一本の作品にぶちまけることで、人間の肉体が表現し得る最大限の喜びと可能性を、提示してみせる。そこには想像を絶する美しさと恐怖が満ち溢れ、観客の予測を飛び越える奔放な魅力がある。
加えて、視覚、聴覚はもちろん、母の指を舐めて味わうケーキの味覚、主人公の身体をいやらしく這う指の触覚、そして無機質な楽屋の嗅覚と、観客の五感全てを刺激して物語に引っ張り込もうとする暴力的なまでの力強さが全編に溢れ出し、物語を超えて観客の心身共に感じる開放感へと繋げている。
映画館という暗闇がもつ、想像力増進と異次元への開放という可能性を存分に理解し、利用し尽くそうとする作り手の心意気が嬉しい作品だ。どうか、DVDやBDで味わおうとは思わないで欲しい。この映画は、まさに「映画館のためにある」映画なのだから。
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