「原野に咲く一輪の花のような人間の美しさに感動する小品」ヤコブへの手紙 こもねこさんの映画レビュー(感想・評価)
原野に咲く一輪の花のような人間の美しさに感動する小品
主要な登場人物は、たった三人。舞台は、北欧の原野にたつ古い牧師館と教会だけ。上映時間はたったの75分しかない、この映画は文字通りの小品だ。しかし、語られている内容は深く、人間がどこまでも大きな存在であることを感じさせてくれた。
物語は、刑務所の談話室から始まる。終身刑の女性が恩赦を受けて出所するのだが、本人は出たいとも思わないし、出ても帰るところがない。ところが刑務官は、女性の身元引受人である牧師のもとへ行くことを告げる。その牧師は、盲目になってしまったために、信者たちからくる手紙が読めないので、恩赦をうける女性に手紙を読んで返事を書く仕事をするのだ。しかし、女性はまったく気が進まない。それは、刑務所に入って以来、誰とも気を許さず、面会も断る、孤独な日々を送っていたからだ。当然、刑務所にありがちな教会関係者との接見も断っていたのだから、女性にとって牧師は「天敵」のような存在だ。
ここまで説明すると、女性と牧師の関係は、最初はギクシャクしたものだったことは、まだこの作品を見てない人でも想像がつくだろう。そして、この作品の主要な物語は、女性と牧師の関係性の行方であることも分かっていただけると思う。
この作品のひとつのテーマは孤独だ。女性も終身刑を背負う孤独な人生を過ごしてきた。そして盲目の牧師も、手紙が絶えてしまったことと、「神の沈黙」と向き合い、孤独を強いられてしまう。しかし、物語が進むにつれて、人間は孤独でないこと、人間の心の大きさが絆をしっかりと育むことを、女性だけでなく観客にも教えてくれるのだ。
これ以上は映画について話すことは許されない。だから、私個人の見終わった後の感想だけを述べさせてもらうと、盲目の牧師は、原野の咲く一輪の花、のような存在で、恩赦を受けた女性は、花に誘われたチョウかミツバチのように感じられた。原野にたったひとつある花は、見落としてしまいがちなほど素朴なものだ。しかし、その花もミツバチやチョウにとっては大事な糧となる。盲目の牧師は、老醜をさらけだしていて、とても花に似ているとは言えない。しかし、花のような人間的な美しさに感動させられる。それが、この小品の最大の魅力なのだ。