「日本映画界復権の狼煙」冷たい熱帯魚 アラン・スミシーさんの映画レビュー(感想・評価)
日本映画界復権の狼煙
1993年に実際に起きた埼玉愛犬家連続殺人事件をベースに作られた本作。この事件は映画と同様に主に3名が関与しており、主犯のX、Xの妻Y子、Xの経営する店の従業員Zの3名。この3名で5人を透明にして完全犯罪を目論み、警察の司法取引に応じたZが証言して事件の全容が明らかになった日本の犯罪史上最も残忍な連続殺人事件です。実はZは出所後に小説家としてデビューしており、「共犯者」というノンフィクション小説でこの事件の詳細を綴っており詳しく知る事が出来ます。レア本なので難しいかもですが・・
ちなみに私はこの本を読んでから映画を観ました。ノンフィクション小説なので読まれた方は観る前にこの映画に対して少なからず思う点が生じます。それは、この映画がどこまで実際の事件に忠実なのかという点です。そしてその杞憂は見事に払拭されます。設定がドッグショップから熱帯魚店へ変更になっている点以外は、後半で吹越満演じる社本が壊れてしまうまではほぼ実際の事件通りです。劇中のセリフ「ボディを透明にする」や「子供は元気か?元気が一番」は本当にXが好んで使っていた脅し文句をそのまま引用しています。勿論、過激過ぎて隠さなければならない部分はあまり映らない様な描写にしてあったりもしますが、これは日本という土壌を考えると凄い事です。
特にこの作品で異彩を放っているのが悪役の村田幸雄を演じるでんでん。
過去に名悪役だとされるのは「ダークナイト」のジョーカーや「ノーカントリー」のアントン・シガーなどがよく挙げられますがそれに並ぶ、いやそれ以上の存在感を出しています!でんでんは元々滑舌の良くない俳優で、しかも村田は詐欺師の側面も持つキャラクターなので演じる上で欠点とも言えそうなのですがそれがかえって妙なリアル感を醸し出し、一見人の良さそうな風貌からの二面性などで「隣にいそうな殺人鬼」という今までにいなかった新しい恐怖の象徴を作り上げています。
村田に人生を狂わされる社本役の吹越満も終盤までは狂言回し的な要素が強いがガラリと変わる瞬間からの演技はこの映画のもう一つの見所です。社本は特殊な人間ではなくどこにでもいる平凡な中年のおっさんですが、平凡が故に観ている側が「やり返せよ!」と思っている通り、いやそれ以上の事をやってしまうので溜まりに溜まったストレスを一気に吹き飛ばす爽快感があります。
女性陣も黒沢あすかと神楽坂恵は中途半端な美人ですが隣に住んでいそうな感がありすごく良いです!しかもエロさが下手なピンク映画よりも十分にあるので惹きつけられますし、ある種の危うさが画面一杯に広がっていて緊張感も常に持続させる効果も生んでいます。
事実に基づいた日本映画がよく陥りがちな地味な雰囲気と演出が一切なく、一般的に観れば地味なキャストですが初めからラストまで観る者をグイグイ引き込む、いや道連れを強いる力を持つ映画です。テーマは重く残虐で賛否両論ある作品だと思いますが、R-18ならではの無類のエンターテイメントであると断言出来ます!
園監督は、社本の最後の行動を自分はまともだと思っている人全てに対し、正常と異常は表裏一体できっかけさえあれば善にも悪にも簡単に変貌出来るのが人間だという裏テーマをしっかりと出してくれているなと唸りました。
映画産業が活性化している国の特徴の一つとして事実に基づいたクライムサスペンスが多く生まれている事が挙げられます。一昔前は日本映画もそうでしたが、近年は韓国の勢いが凄く、「殺人の追憶」や「チェイサー」、「母なる証明」など事件性と娯楽性を両立させた作品が多く生まれています。日本映画も有名な作品だと「復讐するは我にあり」や「TATOO<刺青>あり」、「顔」などは実在の事件を扱った映画です。ちなみに園監督は「冷たい熱帯魚」のキャストやスタッフに対してクランクイン前に「復讐するは~」を観て撮影に臨むように指示されたようです。
現在の日本映画界は一見すると様々なジャンルが作られていて元気に見えますが、実際はTV局やお笑い事務所が主体のバカな映画が量産されるシステムが確立されてしまい、質の良い映画が埋もれてしまう状況が続いています。韓国やタイ、スウェーデン等は最近特に良作が多く、世界的に見れば日本は危機的状況です。その状況を打破出来るのが今作の様な猛毒を持ったエンターテイメント作品です。園監督の様な独自性を持った方がもっと頭角を表してくれく事を切に願います!!
という事で、小説「共犯者」を読んでから気の合う仲間(友達も小説を読んでいるとなおベター)と一緒に観た後に飲みながらあーだこーだ感想を述べ合うのがオススメです。但し、知らない人が聞くと危ない話をしている人に見えるのでしみったれた所を推奨しますw