「後半スペクタルでなくなったものの、平山監督ならではのヒューマンタッチに感動できました。」太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
後半スペクタルでなくなったものの、平山監督ならではのヒューマンタッチに感動できました。
冒頭『硫黄島からの手紙』と同規模の大スペクタルシーンが描かれて、日本軍が玉砕していくところが描かれていき、多いに本作への期待感が盛り上がりました。見所は、なんといっても、僅か47名で45,000人もの米軍を翻弄し続けた大場隊のゲリラ戦闘シーンです。これが前半の2シーンしかなく、なぜ大場大尉をフォックスと呼んで、米軍が恐れたのか。ちょっと説得力不足でした。
もっとも平山監督は、ヒューマンドラマの名手ですので、前半のスペクタルな戦闘シーンよりも、後半の葛藤にまみえながらも、民間人を守ってく人間ドラマとしてはグッとくるシーンが満載です。スペクタルもいいのですが、平山監督らしく、じっくり丁寧に、登場人物を描いて行く作品もいいものですね。
本作はこれまでの邦画作品と違って、完全に日米+CG別々に監督を立てた3ユニット体制で製作されています。両軍の立場を完璧に把握しているスタッフによって演出されているのが、いままでなかった取り組みではないでしょうか。その中で、玉砕や万歳攻撃など自殺行為について、日本人とアメリカ人の文化の違いを克明に描き出しています。
両軍の考え方の違いをつなぐ貴重な存在として登場するのが、ハーマン・ルイス大尉の存在。彼は日本に二年間留学して、日本語もしゃべることができました。さらに日本文化に詳しく、敬意すら抱いていたのです。
ルイス大尉は、たびたび日本人に無知な司令官に、日本の文化や気風を説明します。その言葉によって、かえって双方の考え方の違っているところが浮き彫りにされていきました。
日本人をクレイジーに思わないルイス大尉がいたからこそ、いたずらに根絶やしの掃討作戦がとられずに、日本人のプライドを尊重した形の投降勧告作戦がとられた結果、のちの生存者の投降に繋がったものと思われます。
さて本作の大きな魅力の一つに、竹野内豊が演じる大場大尉の人間的な魅力です。戦場でも赤ん坊を助けたり、民間人の救命をまず第1に考えたり、厳しい戦いの中でも、人間味溢れる慈悲の心を捨てなかったことでした。なかでもラストに、敗戦を知らされて自刃しようとした部下が、家族の写真を見て、嗚咽してしているところを、じっと見る眼差しは部下の苦悩をそのまま受け止めているようで、涙がこみ上げてきました。
彼がリーダーだったことが、民間人200名と大場隊47名を玉砕せずに守ることに繋がったのだと思います。
さて、大場大尉が救った赤ん坊は、後半米軍の収容所で再登場します。そこで家族を米軍に殺された、看護婦の青野千恵子は目を疑う情景を見るのです。鬼畜だと思っていたアメリカ人の看護婦が、日本人の赤ん坊を優しく抱きしめているのです。台詞はありません。しかし確実に、青野の驚きと復讐心が薄れていく心理を描き出して、平山監督ならではの素晴らしい演出にこころ打たれました。
民間人保護のシーンも説得力抜群でした。大場大尉活躍に手を焼いたアメリカ軍は、ついに、大場隊が立て籠もるタッポ-チョ山を人海戦術でしらみつぶしに探索する作戦を行ったのでした。ジャングルでは、足元が悪いので、上は見ないだろうとの大場大尉の読みはすばり的中して、巧みに崖の上や大きな木の上に避難した民間人の足元を、アメリカ兵が探し回ります。今にも見つかりそうな至近距離での描写は緊迫感に満ちていました。
ところで、ルイス大尉の焦土と化した本土の現状をPRする作戦は、功を奏し、大場隊にも動揺を与えます。大場隊は、収容所に暮らす住民と常に情報交流を持ち、ルイス大尉配るビラがあながち謀略ではないと感じていたのに、抵抗を続けるのには疑問を感じました。但しラストで、ルイス大尉からの降伏勧告に対して、上官の命令無くば降伏できないと大場大尉が答えるシーンがあり、そうなのかと納得できました。
本作では、大場大尉を演じる竹野内の気迫籠もった演技が、一番印象的でした。ジャングルのなかでの長期の撮影は、忍耐の連続だったそうです。それだけでなく、役作りのため専門家による軍事訓練の指導を受けたためか、所作がきびきびして軍人らしいのです。そしてなりよりも、役に合わせてがりがりに痩せた体作りが、長期のゲリラ戦を戦っているというリアルティを生み出していました。
大場大尉と共に、印象的だったのは、大場隊に随行し「はだか部隊」を指揮していた
堀内今朝松一等兵です。背中一面に般若の刺青が彫られ、凄みがあった彼は、軍隊に入隊しても無頼漢ぶりを発揮していました。米軍を見ると狂犬のように歯をむき出して向っていくことから「サイパンタイガー」と呼ばれて恐れられていたのです。
そんな堀内を唐沢寿明が演じています。ちょっと見では、唐沢と気付かないほどの変身ぶり。主役でもいい位なのに、ホントにこんな無頼漢の役柄を良く受けたものです。でも堀内には、主役以上に男気を示した、カッコイイシーンがあって、唐沢が飛びついてのかも知れません。
また、収容所の住民で唯一英語が話せる元木末吉役に、阿部サダヲが割とシリアスな演技を見せているところも興味深かったです。
本編で示されるルイス大尉の大場大尉への敬意は、同じ日本人としてちょっと誇らしげに思えてきます。戦後教育の影響で、旧日本軍というと残虐なイメージを抱きがちですが、本作を通じて、必ずしもそうではなかったのかもと思えてきました。