「どちらを握り締めた人にも変わらぬ敬意を」太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
どちらを握り締めた人にも変わらぬ敬意を
4.0判定という高評価を付けたのに、
なぜか不満たらたらのレビューになってしまった……。
一番の不満はタイトル。
これは映画の内容をロクに観ていない宣伝マンが
付けたタイトルとしか思えない。
何故って、この映画では奇跡など起こっていないだろう。
大場大尉らが生き残ったのは
“生き残る”という強い意志と努力があったからだ。
それを“奇跡”という客受けするだけの言葉で
片付けているのなら、全く気に入らない。
戦地で生き残った赤ん坊を“奇跡”と呼ぶ向きもあるだろうが、
ならばもう少しあの子に焦点を置くべきと思う。
次に、全体的な——特に物語の中盤における——描写不足。
奇襲1回、オトリ爆弾1つの描写だけでは大場大尉が
“フォックス”と恐れられる理由としては不十分では。
そもそも奇襲とオトリ爆弾が同一人物の
策略である事を示す理由も曖昧だし、
米軍が「奴はフォックスだ!」とうろたえる描写は
大袈裟というか、些か滑稽にさえ見える。
また、唐沢寿明、中嶋朋子、そして
D・ボールドウィン他米軍側のキャラ達……
みんな存在感はあるし、複雑な心情を抱えていそうなキャラなのに、
どうにも中途半端な印象のまま映画内での役割を
終えてしまうのは実に勿体無い。
この物語を描き切るには、人物や状況説明に割く時間が
あと30〜40分ほど必要だったのではないか。
(憶測だが、時間の制約上泣く泣く削ったシーンも多いのでは?)
しかし……
それでも本作は魅力的だ。
人間を描こうとする真摯な姿勢。
そして、あの戦争を戦った人々に対する敬意の念。
それらが十二分に伝わってくるからだ。
米軍側の実質的な主役であるルイス大尉
(S・マッゴーワンという役者さんは覚えておこうと思う)
の賛辞に対する大場大尉の返答や、山田孝之のあの衝撃的な行為は、
この映画が単なる商業目的で作られた
口当たりの良い英雄譚で無い事をはっきりと提示する
(マスター@だんだんさんが見事なレビューを書いているので、
そちらを読んでいただきたい)。
そして僕には、自決する為の刀を捨て、代わりに
家族の写真を握り締めた兵士の、あの悲痛な叫びが忘れられない。
あの彼を誰が「死に損ないの恥知らず」などと罵れる?
国を——家族や大切な人を守る為に命を賭ける。
その想いには、国境の違いも、ましてや生者・死者の違いすらも無いのだ。
観る価値ありの良作。
<2011/2/5鑑賞>