洋菓子店コアンドル : インタビュー
江口洋介、未来の巨匠・深川栄洋との出会いの先にあるもの
1987年、「湘南爆走族」で主人公・江口洋助役に抜てきされ、映画初主演を果たしてから24年。90年代前半のトレンディドラマ全盛期をリードした江口洋介は、映画出演27本目となる「洋菓子店コアンドル」で円熟味を増した演技を披露している。心に大きな痛みを抱える元“伝説のパティシエ”十村遼太郎という役どころを得た江口が、何を思い、感じたのかに迫る。(取材・文:編集部)
同作は、「白夜行」「60歳のラブレター」など公開作が相次ぐ深川栄洋監督のオリジナル作で、江口が演じるのは、ある悲しい出来事をきっかけにスイーツ界からこつ然と姿を消した十村役。物語の舞台となる「パティスリー・コアンドル」はオーナー・パティシエと旧知の間柄ということもあり、スイーツ評論家として足繁く通っている。そんなある日、鹿児島から上京したケーキ屋の娘・臼場なつめが恋人を追いかけて同店を訪れる。失敗を繰り返しながらも、ひたむきに頑張るなつめと触れ合うことで、長く心を閉ざしていた十村にも心境の変化が訪れる。
江口は、“伝説のパティシエ”十村を演じるに当たり、都内の洋菓子店に何度も足を運んで役づくりに励んだという。「辻調理師専門学校へも行きましたよ。そうすると、パティシエにあこがれている女の子がたくさんいてね。それって見ていて楽しいもんですよ」。料理器具をもらって自宅でも練習したといい、「足りないものを買いにかっぱ橋へ行ったりして、撮影中にはショートケーキをつくりました。デコレーションにも凝ったし、写真に押さえたりして」と振り返る。
こうした役づくりは、家族にも好評だったようだ。「1個つくるのにすごくばく大な時間がかかるんだけど、知り合いの誕生日につくって渡したら喜んでくれてね。その手間があるから人からおいしかったと言ってもらえたら素直にうれしいし、子どもたちが喜んでくれればこっちも満たされる」。だからこそ、“伝説”の二文字を目にしたときは「レジェンド!? どういう風に表現したらいいのか」と迷いもあったという。
それでも、脚本を読み進めるうちに役どころへの理解を深めていった。「伝説であろうがなんだろうが、こんな悲劇が起これば人は立ち止まっちゃうと思いますよ」。そんな十村が出会ったのが、蒼井優扮する鹿児島弁丸出しのなつめだ。「彼女と出会わなければ、ふさいだままですよね。失ったものの大きさがわかるだけにね」と2児の父として同調する。
43歳の江口にとって、いつしか撮影現場を見わたすと年下が増えている。共演した蒼井には頼もしさすら感じているようで、「エネルギッシュですよね。ケーキをつくってきてみんなに振舞ったりして、意外とボスキャラなんですよ。すごくしっかりしているし、『こんなこと出来ないよ!』とか言って、現場で暴れたりしないんだろうなと感じながら接していました」。そして、自らが20代だったころを振り返り「オレは『おまえ、帰っていいよ』と言われたこと、ありますもん。カメラの前でできない自分を知っているけれど、今はそういう人もいないんじゃないかな。オレはね、恥ずかしさってすごい武器だと思うんですよ。恥ずかしさがなくなっちゃったら何も残らないと思うから」と明かした。
今作のメガホンをとった深川監督とは、初タッグ。今年は「白夜行」「神様のカルテ」の公開も控えており、引っ張りだこの存在だ。江口は9歳下の深川監督に、「闇の子供たち」で仕事をともにした阪本順治監督と相通ずるものを見出している。「ある意味、似ているかもしれませんね。2人とも、インディーズ的な問題作と“That’s エンタテインメント!”的な話題作を行ったり来たりしているじゃないですか。深川さんも、『映画を撮らなかったら自分はダメ人間』と言っています。そういう危機感を抱いて映画を撮るって面白いですよ」
江口が深川監督を面白がったのには、誰もが胸に秘めた危機感をより顕著に表出したからにほかならない。「この作品が終わったら、もうおしまいかもしれない。みんな、そう思っていますよ。どういう評価を受けるかわからない怖さもありますしね。そういうことを深く話せたし、ものをつくるうえでのモチベーションが役者と近かったりすると、後に残りますよね」
だからこそ、「また何年後かにご一緒したいなと思っています。すぐにはやりたくないっていうきつさもありますが」と苦笑いを浮かべる。阪本監督との撮影も振り返り、「モニターを絶対に見ないですからね。スパーリングみたいに撮っていくから、やりやすくもあり、きついですよ。でもね、それがクセになるんですよ」。近い将来、深川監督と再び相対する機会がめぐってくるはずだ。「違う形でやりたいと思うし、監督は年齢を重ねた俳優とでもうまく話せると思うし、年をとることにすごく興味をもっているんですよ」。そう語る江口は、満面の笑みで再会を待ち望んでいる様子だった。