フェアウェル さらば、哀しみのスパイ : 特集
冷戦構造終結の引き金となった20世紀最大級のスパイ行為<フェアウェル事件>とは!? 名監督エミール・クストリッツァが、祖国と息子の未来のために命を捧げたスパイを熱演した「フェアウェル さらば、哀しみのスパイ」がいよいよ7月31日より公開。重厚かつリアリティあふれる、映画ファン必見スパイ・スリラーの見どころとは?
世界を揺るがした実話の映画化!「フェアウェル」に見る、“リアル”スパイ映画の魅力
■東西冷戦終結の引き金となった実際のスパイ事件を映画化!
第2次世界大戦以降、長きにわたって世界を二分していた、アメリカ合衆国を主軸とする資本主義諸国とソビエト連邦を主軸とする共産主義諸国の対立=“東西冷戦”。その構造は、1989年のベルリンの壁崩壊を経て91年のソ連解体により終結を迎え、国際社会のパワーバランスと世界を包み込んでいた価値観は大きな転換を余儀なくされる。だがその背景には、歴史の闇に埋もれたあるひとつの驚愕の事件があった──それが「フェアウェル事件」だ。
この、80年代初頭のモスクワで起こったKGBの大物スパイによる極秘情報漏洩事件を、レーガン米大統領やミッテラン仏大統領、そしてゴルバチョフ書記長など、当時の各国首脳を登場させ、実話に基づいた重厚なリアリティで、ドラマティックかつ緊迫感たっぷりに描いたのが、「フェアウェル さらば、哀しみのスパイ」である。
<フェアウェル事件>とは?
81年春~82年秋、ブレジネフ政権下のソ連で起こったKGB大佐ウラジミール・ベトロフによる、KGBの諜報活動に関する極秘情報の敵側諸国(フランス)への漏洩事件。彼が提供した資料は、アメリカの詳細な国防情報や西側諸国に潜むソ連側スパイのリストを含む約4000通の文書といわれている。“フェアウェル”とは、ベトロフが名乗ったコードネームで、「いざ、さらば」の意味。
■根底に流れる家族愛とその苦悩、リアルな人間像に注目!
“フェアウェル”は、なぜ祖国を裏切って敵側に情報を提供したのか? 重厚なリアリティに加えて、本作はこのフェアウェルの行動原理にも深く踏み込んでいく。
フェアウェルは、上司に頼まれてフランス国家保安局の連絡員となってしまったサラリーマン、ピエールに言う。「祖国、そして次の時代を生きる息子のために世界を変えるのだ」と。国家のエリートでありながら、共産主義の理想と現実のギャップに苦しみ、希望あふれる祖国を息子たちに残したいという信念に突き動かされるフェアウェル。同じ“父”としてピエールと友情を通わせていく姿、そして彼を待ち受ける運命を目にするとき、観客は心を揺さぶられるはずだ。
“スパイ”といえば、多くの人は「007」シリーズのジェームズ・ボンドを思い浮かべるに違いない。酒と女にめっぽう強く、世界を股にかけて巨大な悪に挑むヒーローとしてのスパイ像。だが、本作ではそんなスパイは登場しない。非情なスパイの世界に身を置きながらも、崇高な魂を胸に抱き、国家と家族を愛し続けた人間味あふれる男。実話をベースにスパイをシリアスに描いた作品や、冷戦構造に翻弄される人間たちを描いた作品はこれまでも多く作られてきた(下図参照)。「フェアウェル さらば、哀しみのスパイ」もまた、その系譜に連なる新たな名作として語られることになるだろう。
主な“リアル”スパイ映画の系譜
■苦悩するスパイを、あのエミール・クストリッツァが熱演!
祖国と息子の未来のために命を懸けたスパイ“フェアウェル”を演じたのは、なんとエミール・クストリッツァ。「パパは、出張中!」「アンダーグラウンド」で2度のカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したヨーロッパ屈指の映画監督が、本作では俳優として映画初主演を果たしている。本業は監督と侮るなかれ、ロシア語とフランス語を駆使してみせるその渾身の演技は、圧倒的な存在感とカリスマ性を帯びたもの。後に国家が解体されてしまう旧ユーゴスラビアのサラエボ出身だけに、優しさや切なさ……国家に対する複雑な想いを体現するには、まさに適役といっていいだろう。
共演には、フェアウェルの協力者であるピエール役としてギョーム・カネ(「戦場のアリア」)、アレクサンドラ・マリア・ララ(「愛を読むひと」)、インゲボルガ・ダプコウナイテ(「キス・オブ・ライフ」)ほか。CIA長官として「スパイダーマン」「処刑人II」のウィレム・デフォーも顔を揃えている。