「完全無欠の神様と突っ走るニワトリ」終着駅 トルストイ最後の旅 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
完全無欠の神様と突っ走るニワトリ
『戦争と平和』等の著作で知られる文豪レフ・トルストイ。
本作は彼が晩年起こした騒動の顛末を、
彼の助手ワレンティンの視点から描いた作品。
僕は彼の著書を読んだ事は無いが、映画ではいわゆる
“トルストイ主義”の一部について簡単に説明してくれる。
私有財産権の放棄——つまり財産は皆で共有すべきという考え。
実に高潔な思想だ……実現できるかどうかは別として。
彼の思想に心酔する男チェルトコフは、トルストイ主義を
より多くの人々に伝えるため、彼に死後の著作権を放棄するよう迫る。
しかしトルストイの妻ソフィアにとっては、彼の著作権は
家族の大切な財産。奪われないよう躍起になる訳で……
板挟みのトルストイ、大いに悩む。
劇中、トルストイが微笑みながら言う台詞は実に皮肉が利いている。
「私は純粋なトルストイ主義者ではないよ」
トルストイ主義者が生み出した彼は、彼の高潔な理性だけが
抽出された完全無欠の神様で、彼自身とはもはや別物なんすね。
どんなに優れた思想を示そうが、人から崇められる行動を
してみせようが、それでも人間は神様なんかじゃない。
時々とんでもないヘマをやらかすし、本能の赴くまま、
まるで理にかなわない行動をとる事もある。
だけど、目の前でニワトリの鳴き真似をしてみせた所で、
その神様は腹を抱えて笑ってくれるだろうか?
理性だけじゃこの世界は理解できない。
それができたら世界はどれだけ楽で、味気無いか。
トルストイはソフィアのヒステリックな行為が、保身ではなく
「家族の将来を案じているだけ」の行動だと理解している。
ソフィアはトルストイが、立派なスピーチの録音よりも
美しい音楽に聞き惚れる事を知っている。
夫婦してニワトリの鳴き真似をしながら笑い転げる姿なんて
恋する子どもみたいに無邪気で幸せそうじゃないか。
トルストイ主義を頑なに守ろうとしながら、『愛してる』
という説明不能の情熱に任せて突っ走るワレンティンも然り。
映画『マリー・アントワネット』のサントラに収録されている
『Fool Rush In』の歌詞を思い出した。
“愚か者は賢い人間が絶対に行かないような所へ突っ走ってく
けど賢い人間は絶対恋になんて落ちない
そんな連中に何が分かるって言うの?
あなたと出会った時に、人生が始まったと私は感じたの”
ニワトリみたいに突っ走りたくなる(?)素敵な映画でした。
<2010/11/27観賞>