劇場公開日 2016年10月28日

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「世界の人口問題について」インフェルノ 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0世界の人口問題について

2016年11月11日
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鑑賞方法:映画館

楽しい

おなじみのトム・ハンクス演じるラングドン教授シリーズだ。ミッキーマウスの腕時計も健在。となると、困難な状況に陥った教授が、持ち前の宗教学の知識と頭の回転の速さで次々にパズルを解いていくストーリーになるのは必須だし、お約束だ。そういう意味では安心感のある映画である。
とはいえ、今回はいきなり教授が怪我をしているシーンからスタートする。いったいどういう状況なのか、教授にもわからないが、観客にもわからない。そこに危険が迫り、記憶がはっきりしないままに追われて逃げることになる。教授は超物知りというだけで、特殊な能力を何も持たない普通の人間であり、暴力には極端に弱い。しかし時には蛮勇を発揮することもある。観客は教授とともに謎解きと逃避行の旅に向かうが、誰を信用していいのかもわからず、極めて心もとない心情を共有することになる。感情移入せずにいられない展開だ。

フィレンツェから始まり、ヴェニスのサンマルコ広場、そしてイスタンブールと、誰もが行きたい観光名所が舞台であるところも感覚的になじみやすい。どこも観光客で一杯だ。みんなが見ているはずの観光地に、みんなの気づかない秘密があるところがこの映画シリーズの一番の魅力である。
映画のタイトルはダンテの「神曲」の地獄篇を意味するが、ダンテのことを知らなくても、映画は十分に楽しめるようになっている。むしろ知らない方が一層面白いかもしれない。

そもそものきっかけを作った大金持ちの男性の、人類が地球上に増えすぎているという思想は、あながち間違っているわけではない。生物兵器を用いて人類の半分を減らそうという目論見は、手段として否定されるが、ラングドン教授はその思想自体を否定してはいないのだ。
地球の人口は80億に達しようとしていて、地球温暖化その他が齎す天災地変は人口増加が原因のひとつであることは誰もが認めざるを得ないところだ。「人口論」のマルサスが警告したのは食糧危機だったが、飽食の日本では、実感に乏しい。世界各地では貧困と飢餓にあえぐ地域があるのは情報として得られるし、それらの地域ではまぎれもなく食糧危機が現実である。だがそれは地球全体の問題というよりも、格差の問題であるように思われる。飽食の地域と飢餓の地域の格差だ。むしろ人口問題は、人口の増加が格差を生み出したというところに本質があるのだ。

映画はスリリングで息もつかせぬ面白いストーリーだったが、人口問題は映画で解決されはしない。戦争で人口が減るのが人間の自然淘汰だと主張する学者がかつていたが、人類は戦争を減らす方向で努力している。戦争をしないで人口問題を解決するには、子供を産まない選択をするしかない。そして高齢化が世界で最も進んでいる日本では、すでに国民がその選択をしはじめている。少子化は政策で解決できる問題ではない。人類にとってもっと根本的な、構造的な問題だ。人口増加が格差を生み、その格差が少子化を齎しているのだ。世界の人口減少の最先端に日本がある。

世界の人口増加はいつかは止まるだろう。そして減少がはじまる。そのときにたくさんの問題が次々に湧き上り、たくさんの人々が苦痛を味わうことになる。それはまさに現実のインフェルノとなるだろう。日本ではそれがもうはじまっている。

耶馬英彦