「帽子を脱いで前を向け!」ヒア アフター 松井の天井直撃ホームランさんの映画レビュー(感想・評価)
帽子を脱いで前を向け!
噂には聞いていたものの、やはり冒頭の津波の映像は凄かった。
CGを使用しているのは重々承知した上でスクリーンを見つめてはいた。
元々CGがあまり好きでは無いだけに。普段ならばどんなに凄い映像であっても、ちょっとした違和感を直ぐに感じてしまうのだが…。
でもこの作品に関しては、一体どうやって繋ぎ合わせているのか?は、所詮俺みたいな素人の眼には全く解らない。
本当に「凄い!」と言う言葉しか出て来なかった。
単なる思いつきなので、作品の内容とは直接関係無いのだが。この冒頭のスベクタクルシーンを観ながら、ハリウッド映画に登場する。主人公が時折《見えてしまう》映画を、この時は考えながら観ていた。
《死》に取り憑かれてしまう。又は、《死》に関する真相を何とかして知りたいと、思い悩む主人公…として考えて。
1『フラットライナーズ』
2『アンフオゲタブル』
3『フィアレス』の3本を思い出した。
1は。若い研修医達が、神聖な患者の命を預かる身としては…と。死後の世界にのめり込んでしまうホラー映画。
2は。殺人事件の真相を探る為に…と。被害者の記憶を司る海馬の脳髄液を、自らに注射し。被害者の最期の瞬間の記憶映像を、何とか確かめたいと躍起になる刑事サスペンス。
3は。大事故に遭遇しながらも生き残ってしまった男の苦悩。
多少なりとも。ハリウッド映画には、娯楽映画としての側面が否めないので。それぞれの作品が、《死》とゆう事象に対して神聖に取り組んでいたか…とは決して言えないのですが。
その中では地味な作品ながらも『フィアレス』に描かれる男の苦悩が、比較的本作品に近い位置に有ると言えるのだろうか。
それぞれ主人公に当たる3人は、《死》に対し人一倍の辛い気持ちを抱いている。
見え無くても良い事まで“見えてしまう”為に、辛い人生を送って来た霊能者の男。
自ら体感した事で人生観が変わり、《死》に対して真剣に取り組みだす女性キャスター。しかし彼女は、周りからの反応の悪さに苦悩する。
少年は双子の兄の《死》に対して、全ての責任を背負い込んでしまっていた。
しかしそれだけでは無く、イーストウッドの凄いのは、この3人を取り囲む枝葉の人間達にまでも、《死》に対する苦悩のエピソードを盛り込んでは、優しい目線を観客に投げ掛けているところ。
余命いくばくも無い妻との“対話”によって、看護士との関係の悩みを、胸に抱え続けてた男の苦悩。
作品中には詳しく説明はされないが、自らの自堕落な生活が大事な息子の間接的な《死》の原因に感じている母親の苦悩。
台詞によって、死んだ父親との間に起きた関係を語り出す女性。彼女は人生のリセットを強く望んでいたエピソード等々。
『チェンジリング』では2つの物語を平行して描き、終盤で一気に物語を収束させる演出力を、世界に見せつけたイーストウッド。本作品では、3人による三人三様の《死》に取り憑かれた物語を平行して描き。やはり今回も終盤で一気に収束させる。その手腕の見事さには魂が震える程でした
本編終盤にて少年に向かって兄は「帽子は脱げ!」と語り掛ける。
ただ過去に対してクヨクヨしているだけでは、いつまで経っても前に向かって行く事は出来ない。
「前に進め!」とばかりに諭す。
霊能者の男と女性キャスターは、お互いの悩みを理解し合えるかも知れない異性との出現を感じ始める。
実はこの場面に於いて、突然の恋愛模様へと作品が変化する為に多少の違和感は拭えない。
しかし、この作品には全くと言って良い位に《死》を軽々しく扱う場面等は、微塵にも感じられない。
この作品のファーストシーンはリゾートホテルから海水浴場を見下ろしている。
この時の構図が『硫黄島からの手紙』のラストシーンと完全に重なっている。
祖国を、家族を、愛する人を想いながらも散っていった英霊達を敬う様に。
思い返して考えて見ると、最近のイーストウッドは。『ミリオンダラー・ベイビー』に代表される様に、人間の《死》に対する“尊厳”を描いて来た様に感じる。
『グラントリノ』にてイーストウッド御大が、自ら演じた頑固者。
それまで“過去を想い”生きて来た男は。自らの肉体を通して“未来”に生きる若者達の為に指標となるべく行動に出る。
やっと前を向いて歩き始める主人公達。
帽子を脱いだご褒美は、母親との面会を。過去との決別を決意した彼には、未来を見通せる能力をそれぞれ神様から授かるのだ。
実は昨年から数える程度しか映画館へは行ってはいない。
お金が無いのも有るが、やはり昨年の震災が個人的には大きい。何となく「映画観てる場合じゃ無いだろう?』…と。
でもこの作品を観て胸の中のつかえがかなり取れた思いだった
。
映画って本当に良いなあ。
ありがとうイーストウッド。本当に素晴らしい映画を観せてくれて。
(2012年5月26日 下高井戸シネマ)