「アナログに向かう、ベクトル」七瀬ふたたび ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
アナログに向かう、ベクトル
SF作品の演出を数多く手掛けてきた小中和哉監督が、芦名星を主演に迎えて描く、筒井康隆原作のSFサスペンス作品。
冒頭から、違和感に満ちている。名作と謳われる原作小説、新進気鋭の女優が主演、ある程度名の売れた俳優陣。これだけの要素が揃っているのにも関わらず、映像が究極に安っぽい。画面が目を細めねば苦しいほどに粗い。これは・・駄作なのか?観客は物語に入ってすぐ、後悔を予感させられる。
しかし、本当にそうなのか。落ち着いて本作の世界観に向き合ってみると、敢えて時代錯誤の演出に走った作り手の意図が、静かに立ち現れてくる。
超能力を秘め、その力を封印しようと目論む一味と壮絶な戦いを繰り広げる。この構図は、既にハリウッドの名作アクション大作「X-MEN」に見られる。炎、氷、鋭利な凶器。フルCGを贅沢に多用し、軽快な活劇娯楽を映画という広い空間を最大限に利用してエンターテイメントに仕上げる。
その巨大なスケールの作品の前で本作を比較すると、同じ超能力でも極めて内省的な、悪く言えば地味な力が物語を作り上げていることが分かる。
空間を飛べる。人の気持ちが読める。未来が見える。どんなにCGで大げさに描いても、画にならない能力といわざるを得ない。だったら、それを逆手に取ってしまえはどうなるか。この思考が、「X-MEN」とは違うベクトルで進む選択を導いている。
明確な合成。昭和の怪奇ものを思わせる歪んだ記憶と感情の描写。イラスト。温かみ溢れるアナログ感を前面に押し出し、人間の内的成長と葛藤のドラマに方向を変えている点において、無理なく、息切れすることなく観客を最後まで引っ張っていく柔軟さが生まれた。
下手にラストの炎上シーンを壮大に料理してしまうと、それまでの素朴な人間の迷い、苦しみの積み重ねが無駄になる。作り手はここを十分に理解し、意識的に安い世界を持ち込んだ。
分かりやすい展開と、単純明快な対決は、観客が筒井道隆の原作に求めるレトロ感と、爽やかさを十分に踏襲できている。アメリカ主義のスペクタクル大作に走らなかった日本映画の誇り、主張、原作への正しい敬意に満ちた良心的娯楽作に仕上がった。