「ドラマとしては、『劔岳 点の記』より本作のほうが遙かによかったです。」アイガー北壁 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
ドラマとしては、『劔岳 点の記』より本作のほうが遙かによかったです。
山岳映画としての迫力は、きっと『劔岳 点の記』の木村監督ですら脱帽するほどのものがありました。とにかく可能な限りリアリズムを追求したという映像は、まるでカメラがアルピニストたちと一緒に登っているかのような印象を受けます。『運命を分けたザイル』(2003年英)のようなドキュメンタリー映画を手本にし、手持ちカメラによる撮影を行ったからだそうです。おかげて荒々しい映像がかえってアイガー北壁の恐怖を印象づけてくれました。
とにかく撮影現場となるアイガー北壁は、殆ど垂直の絶壁が延々と続くところです。撮影は決して楽なものではなかったことでしょう。撮影では、毎回関係者をザイルで縛り、いちいち撮影現場まで登って行ったそうです。そんなことしていたら、着いた時点ですでに半日が経過してしまったとか。求めている空模様にならなければ撮影は翌日に延期。だから、現場で撮影のための準備を整えているうち、設営が出来た途端に雨が降り始めて中止になになることはざらで、落ち込む日々が続いたそうなのです。自然が相手ですからね、大変です。「自分はいったいなんてことをしているんだ?」って考えてしまいますね。
但し酷寒の北壁アタックシーンでは、キャストとスタッフが、実際の北壁同様の超低温に設定した巨大な冷凍庫に入って撮影を敢行したそうです。それでも機材が凍ってしまうほどの過酷な状況には変わりないことで、撮影の苦労が忍ばれます。
舞台は、ベルリン・オリンピック開幕直前の1939年夏。当時のナチス政府は国家の優位性を世界に誇示するため、アルプスの名峰アイガー北壁のドイツ人初登頂を強く望み、成功者にはオリンピック金メダルの授与を約束していたのです。
それを受けてアイガー山麓には、初登頂を目指す各国からの登山家や、世紀の瞬間を見届けようという報道関係者や見物客が集まってきていました。
一方主人公となる山岳猟兵のトニーとアンディは、難攻不落の山を次々と踏破し、優秀な登山家として知られ始めていました。けれども、トニーのかつての恋人で、駆け出しの新聞記者をしているルイーゼは、スクープのためにふたりに登頂を持ちかけるものの、断られます。
ふたりにとって、国家の威信や新聞社のスクープなどどうでもいいことだったのです。登山家のポリシーは、あくまで登りたいと思うかどうかというモチベーションあるのみ。 だから、気が変わって登ろうとなったとき、誰にも告げずにこっそりと挑戦を始めたのでした。やはり「初登頂」という記録の魅力に山男は弱かったようです。
天候を待つこと数日。ある晩、トニーとアンディは北壁への登攀を開始し始めます。他の隊を出し抜いて、早めに登っていたと思っていたら、彼らのすぐ後をオーストリア隊が追いかけることに。この初登頂を巡る二つの隊の競争が、メンバーの負傷や判断ミスに繋がっていきます。
ここからアイガー北壁で語り継がれる悲劇が始まります。本作では、トニーを救い出そうと、極寒のアイガーにルイーゼが駆けつけるところを描いて行きます。
吹雪で視界が閉ざされているものの、お互いの声が届く近さにいるのです。それでも岩肌に阻まれて救えないもどかしさ。そしてラストにはショッキングな別れが、ふたりを待ち構えていました。ドラマとしては、『劔岳 点の記』より本作のほうが遙かによかったです。
さらに本作では、マスコミのハイエナとしての悪辣さが風刺たっぷりに描かれます。念願叶って新聞社に就職したルイーゼは、上司の記者の言動に驚き、失望します。
記事のためなら、人間としての良心すら捨ててしまうのが記者のハイエナとして本性だったのです。その証拠に、アイガー北壁登頂が中止になって帰ろうとしていた上司が、トニーたちの遭難を知るや突如居残りを決めます。「特ダネ」が取れるかも知れないという上司の物言いに、ルイーゼは憤慨。記者を辞めてしまいます。
ストーリーは、生き残ったトニーの遺品の手帳を見つめながらルイーゼが、当時を振り返るというもの。果たしてトニーたちが残してくれたことは、何だったのか、ぜひスクリーンで味わってください。