武士の家計簿 : 映画評論・批評
2010年11月22日更新
2010年12月4日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー
激動の幕末を、剣ではなくそろばんで生き抜いた家族の物語
下級武士のこまごまとした日常を描いたこの作品には、すごく好きなエピソードがある。主人公の猪山直之が息子の着袴の祝いに親戚一同を招いた時、祝い膳にのせる塩焼き用の鯛が買えず鯛の絵で代用する。親戚たちがあ然とする笑えるシーンであると同時に、人になんと思われても、一度、決めたことは曲げない直之の性格がうまくでていた。
江戸時代末期の加賀藩。御算用者(ごさんようもの・会計処理の専門家)として仕える直之は、一家の借金が膨らんでいることに気づくと、家財道具を売り払って返済、詳細な家計簿をつけ始める。彼は自分で返済方法を考え、自分で計画を立て、着々と家計建て直しを実行するのがなによりもよかった。同時に息子にそろばんや論語などを徹底的に叩き込む。それは自分がそろばんと数字で取り立てられ、家族を支えていると認識しているからで、どんな時代でも確かな芸があれば生き残ることが出来るのだ。
これは実話の映画化で、猪山家が残した家計簿を歴史学者の磯田道史が古書店で発見し、分析して書き上げた学術書「武士の家計簿 『加賀藩御算用者』の幕末維新」が原作。プロデューサー原正人の目の着けどころが秀逸で、森田芳光監督がユーモアをまじえながら淡々と演出し、チャンバラがなくても面白い時代劇が成立することを証明した。冒頭に書いた鯛のエピソードも原作にチラリとあり、膨らませて見どころにしている。激動の幕末を、剣ではなくそろばんで生き抜く猪山家の団結と家族の絆は、先行き不透明な時代を生きる我々の指針かもしれない。
(おかむら良)