「一瞬の出来事の代償の大きさ」悪人 マスター@だんだんさんの映画レビュー(感想・評価)
一瞬の出来事の代償の大きさ
原作者自ら脚本を書いただけあって、話の展開がスムーズ。その脚本にも携わった李相日監督の演出は「フラガール」から一段と進歩したようだ。無駄な台詞やナレーションなど使わず、カット割りだけでその人物の心情を表現してみせる。光代が単調な日常から逃れる決心をする場面などがそうだが、安易な演出の作品が目立つ昨今、こうした映画の基本的なテクニックに磨きをかける李監督の姿勢に好感が持てる。
また、映画は光と音の総合芸術。今作は音を使った演出もいい。GT-Rのエキゾーストノートが祐一の心の葛藤をかき鳴らし、雨の音の強弱が光代の心の動きを伝える。控えめな雷鳴も却って効果的だ。夜のとばりに包まれた理容店の店頭サインがカタカタ回る音など、派手さはないが音響的な演出に長けている。
本題の「悪人」だが、文字通り殺人を犯した祐一に非があるわけだが、事件に至る様々な問題点と、事件後の逃亡劇を組み合わせ、悪かったのは犯人だけだったのかと問いかける。
殺人者の青年は、何もない海辺の寒村で年寄りの面倒を見ながら建設現場で働いている。これといった異性との出会いもない。一方、出会い系サイトを利用して漁るように彼氏を求めた被害者と、そんな行動を何一つ察知できなかった両親。被害者のしつこさに嫌気がさして事件のきっかけを作った裕福な大学生。そして殺人者を逃亡させてしまった年上の女。
映画は、おそらくこのあと裁判で取り沙汰されるであろう事象を摘み上げながら構築されている。いろんな要素が絡み合って事件が起きる。だが、事件が起きれば親は娘を永遠に失い、母親代わりを務めてきた老婆は孫を殺人犯として失う。一瞬の出来事の代償は大きい。
樹木希林が相変わらず巧い。昔から実年齢がどこなのか判らない女優さんだ。
妻夫木聡が予想以上によく、目を使った演技ができるようになってきた。
深津絵里はひと皮もふた皮もむけた。光代が祐一に惹かれていく様を、映画という限られた時間枠のなかで無理なく見せた。ここに無理があると作品がガタガタになってしまう。