「マグマは、夜空の夢を見る」ペルシャ猫を誰も知らない ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
マグマは、夜空の夢を見る
「亀も空を飛ぶ」などの作品で知られるバフマン・ゴバディ監督が、本国イランでのゲリラ撮影を強行して描く青春ドラマ。
そう遠くない昔、灼熱のマグマを吹き上げる噴火の瞬間をテレビで観賞した事を思い出した。寒々とした夜空、微かに光る星に混じって赤々と燃え盛る熱の帯。現地住民には大変申し訳ないが、その荒々しい衝動と、光と闇の劇場に、胸がざわついた。外に、出たい。空を、染めたい。そんなすさまじき欲望が、画面を通して網膜を燃やした。
本作を観賞していると、その時に感じた心の揺れが瑞々しく蘇ってくるのを感じる。物語の軸として、芸術、音楽の規制に苦しむ男女が、何とかして自由に音楽を奏でるために奮闘するという展開が用意されている。しかし、この作品の根底に流れているのは、一組の若者が辿る音楽紀行に留まらない。
その表向きの仮面の裏には、イランという国家が当然のように貫いてきた統制、異文化の迫害に対して、国民が長年胸に溜め込んできた欲求不満、抑えきれないエネルギーを大らかに認め、肯定する視点が色濃く反映されている。
地下の奥深くで、不衛生な牛舎の一角で、そして廃墟の高台で、秘密裏に繰り広げられる音楽の宴。一見すると、その鬱憤の象徴のような描写に同情すら覚えてしまうが、当の演奏者は後ろめたさや、悔しさの感情は薄い。むしろ、そこで起こる幸福に身を委ね、今を生き抜く力強さが満ちる。作り手はここに、物語を超えた自国、イランへの絶対的な信頼と、希望を見ている。
俺等は、まだやれる。まだ、人生を楽しめる。いつか、俺達の力で世界を、この国を変えてやる。そんな可能性が、未来が信じられる確かな主張が物語りに溢れ出し、観客の心さえ奮い立たせてくれる。嬉しい、嬉しい。
最終的に、若者の挑戦は思いも寄らぬ形で失敗することになる。それでも、この物語が主張する未来と、光への確信は消えない。確かに映像となって、世界に届いている時点で。
夜空を、見たい。その一心で、灼熱のマグマは私達の前に踊りだした。イランの国民は、既に夜空の存在を知っている。そして、必ず空へと昇る。そんな可能性を信じさせてくれる、人間の熱さ、輝きに彩られた名品だ。