「一筋縄では、いかないようです」エリックを探して ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
一筋縄では、いかないようです
「麦の穂をゆらす風」などの作品で知られるケン・ローチ監督が、サッカー界のスーパースターであるエリック・カントナを起用したことで話題になった、コメディ作品。
これまで一貫して社会派と銘打たれる硬派な作品群を発表し、世界的に高い評価を獲得し続けてきたイギリス映画界の才気、ケン・ローチが初めて取り組むコメディ作品。この触れ込みを聞いただけでも、好奇心は抑えられなくなってしまう。
数年前に、同監督が発表した作品「やさしくキスをして」は初めて挑むラブストーリー。じっくりと作品に向き合ってみると、誠実な人間描写と冷酷な物語展開、そして望まれない結末と見事にこれまで培ってきた演出リズムを崩さないネガティブ空間が炸裂。
もしや、もしや本作も・・・と、若干の不安を抱きながらも観賞してみると、どうやら俗にいう「コメディ」のような台詞廻しから観客に笑いを強制する時間潰しの如き安っぽさに走らないだけの良心はあったようだ。そして、やはり一筋縄ではいかない創意工夫と魅力に溢れていた。
孤独、欺瞞、痛み。人間が生きる上で必ず向き合う「自らの弱さ」と「他人への恐れ」。陳腐な笑いの世界が敢えて避けようとする陰の要素を徹底的に掘り下げ、見つめ、誤魔化し切れない後ろ向きな感情を丁寧に描くことが、結果として共感、開放という形で観客を微笑みへと、幸せへと一気に突き上げていく事が出来ることを、作り方は理解した上で本作の制作に挑んでいる。
その場しのぎのジョークだけを並べ立てて、「私、コメディだって作れますのよ」と悦に入る映画監督が実際に存在し、見事にショービズ界から消えているという現実は確かに、ある。その中で、本作が映画界において高い注目を集めたのは興味深い。本当に人間を深く、深く洞察することが出来る人間こそ映画を作る力があることを強く観客に提示する、可能性の塊のような作品である。