「今を味わう幸せ」牛の鈴音 冷おろしさんの映画レビュー(感想・評価)
今を味わう幸せ
口蹄疫の感染が確認され、その後被害が拡大した宮崎県で、終息宣言が出されようとしている。疫病の蔓延を助長している背景にメスを入れないかぎり、ウイルスの感染拡大はこれからも起こるだろう。
「スピードと効率」を重視する、大量生産方式が畜産業界にも導入され、狭い場所に牛や豚、鶏を押し込めて育てる「密飼い」が主流になっている。運動不足やストレス、不衛生な飼育環境が病気を拡大させる温床になっているのだ。更に健康リスクの回避、成長促進のために抗生物質が飼料に添加され、人体への影響も危惧されている。
経営効率を上げるために、乳牛の平均寿命は5年~6年と言われている。この映画で79歳の農夫と一緒に働く牛は、40年も生きているのだ。「スピードと効率」に背を向けたチェ爺さんの生き方が、牛の寿命に反映しているのだと思う。
2009年にわずか7館で封切られたドキュメンタリー映画が、累計で約300万人を動員するヒット作になったのは、「家族の絆」や「大量生産社会・大量消費社会」を考えなおす糸口を与えてくれたからだろう。
「スピードと効率」という価値観は確かに生活の豊かさをもたらしたが、同時に環境汚染や自殺、過労死などの問題も引き起こしているのだ。「スローライフ」という考え方が提唱されるのも、多くの人々が心の豊かさを求めている証拠なのかもしれない。
健康やお金も幸せの基本だが、今この時間を「味わう」ことも、幸せではないのか。何かに思い煩うことなく、ゆっくりと今を味わえる時間があるのも、幸せのバロメーターのひとつだと思うのだ。「牛の鈴音」は、私達の足元を見つめ直すための警鐘なのだろう。
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