劇場公開日 2009年8月22日

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「AKIRAの自然体な演技が良かったです。まるで監督が父親から受けたトラウマの痛さを、観客に対して告発しているかのような作品でした。」ちゃんと伝える 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5AKIRAの自然体な演技が良かったです。まるで監督が父親から受けたトラウマの痛さを、観客に対して告発しているかのような作品でした。

2009年8月22日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 本作は、まず末期ガンに判定され入院した父親徹二と主人公の息子史郎が、父親との関係を見つめ直すことと父親と交わした約束を何とか叶えようと意外な行動に出ることが軸になっています。
 そんなわけで父と子の葛藤を描いた作品であると思って見ていました。この親子の関係は変わっていて、高校時代は担任教師と生徒という関係だったのです。
 そして部活も、半ば強制的に徹二がコーチをしているサッカー部に入れられて、他の部員より厳しいしごきにあっていたのです。
 学校では、父さんと呼ぶだけで100円罰金という厳しさ。一切父親という関係を断ち切って、何度も史郎を鉄拳制裁する厳しい父親像が何度も出てきました。

 本作は、園監督が、実父との関係をもとに執筆したオリジナル・ストーリーだけに、画面からは園監督の父親は相当厳しい方であったことが伺えます。きっと生きているうちはそのことを恨みに思って、感謝の気持ちをちゃんと伝えられなかったのでしょう。

 監督が父親に「ちゃんと伝える」べきだったこと。それを映画に託そうとして、書き下ろされた脚本ではなかったかと思います。だから本作はプライベートフィルム(私小説)の要素が強くて、厳しい父親のシーンが何度もしつこく繰り返されます。
 それはまるで自分が父親から受けたトラウマの痛さを、観客に対して告発しているかのようでした。

 前半の30分は、このエピソードが長く、物語が余り展開しないので、眠くなりました。それが大きく変わっていくのは、見舞いに来ていた史郎が担当医に呼び止められたとき。入院した徹二のついでに家族で受けた健康診断の結果を知られて、史郎は愕然とします。史郎の方が、若年性のガンにかかっていて、場合によっては徹二よりも早く死ぬかも知れないというものでした。
 豊橋稲荷の参道から豊橋駅前にある会社まで、毎日マラソンで通勤している史郎がまさかガンだったなんて、見ている方も意外でした。
 史郎の病状が判明して、物語はもう一つの「ちゃんと伝える」べきことに移っていきます。でもやっとガンを克服しそうな徹二に、ショックを与えたくないと史郎は家族にも、恋人の歩にも、自分の病気のことを伏せていたのです。

 自分の病気のことを、ちゃんと伝えられないため、史郎は病ですっかり弱気になった徹二が歩との結婚を催促されても答えに窮してしまいます。
 歩もまた、高校時代から、10年間も交際して、未だにプロポーズがない史郎にしびれを切らしていたのです。徹二の言葉を受けて、歩は史郎に自分の気持ちをちゃんと伝えようと、結婚の話を切り出したとたん、史郎から病気の話を聞いて驚くものの、ある決意をするのでした。ほんのわずかな未来でもと。

 史郎の病気になるエピソードは、きっと創作なのでしょう。「オヤジ、先に逝ってくれ」と語る割には、史郎の葛藤が描けていません。歩との関係もすんなりときれいにまとまりすぎて、そんなに物わかりのいい恋人がいるものかと思えました。

 父親のトラウマを描いた長いエピローグ部分を短縮して、もっと史郎本人の「ちゃんと伝える」べきことだけど、うまく言えないという葛藤にフォーカスすべきでしたね。
 人は誰でもこういうシチュエーションを抱えているものです。ちゃんと伝えざるを得なくなる過程を、丁寧に描ければ、もっと感情移入できるドラマになり得たでしょう。

 本来は史郎の病気の告白をメインにすべきだったのに、思わず父親のことをラストまでリフレインさせた監督は、自分のトラウマの再現を優先させてしまったのでした。

 そしてラストに、病死したしまった徹二と釣りに行く約束を果たせなかった史郎は、徹二の葬儀の折に、ある意外な行動を起こして、強引に約束を果たしてしまいます。その徹二と史郎が釣りをするシーンでは、泣いている人もいました。でも、このシーンへ至る、病気を抱え合った二人の父子の葛藤が描けていないため、せっかくのいいシーンの印象が弱くなってしまったのが残念です。

 それと本編劇中に「ちゃんと伝える」と登場人物に語らせるセリフが多すぎます。そんなに言わせなくても、演技だけで充分にちゃんと伝わっていますよ、監督(^^ゞ

 脚本に問題ありつつも、人物描写には定評のある監督だけに、出演者から芝居臭くない自然な感情を引き出していました。
 特に本作のAKIRAの演技が良かったです。EXILEのパフォーマーとしてのオーラーを完全封印して、ごく普通のサラリーマンになりきっています。史郎が放つふぁっとした優しい人間味というのも、AKIRAファンには必見でしょう。
 本作のAKIRAの演技に比べれば、玉木宏すら芝居臭く見えてしまうほどの自然体でした。また奥田瑛二の熱血先生&頑固オヤジぶりも味わいがありまして、弱気になったときとのメリハリをきっちり演じ分けていました。

 長年付き合っているカップル、同棲していて、結婚のタイミングを失ってしまった連れ合いの方にお勧めしたいですね。だらだらと交際していては、いつか史郎と同じことが起こり、後悔するかも知れませんよ。

流山の小地蔵