劇場公開日 2009年9月26日

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「吉野弘「生命は」」空気人形 えすけんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0吉野弘「生命は」

2023年5月17日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

セックスドールが心を持ったことで始まる物語。

どうせシャレオツ素敵映画でしょ、と見くびっていたので、見くびり→衝撃の度合いで行けば、「プラダを着た悪魔」以来。これはなかなかどうして、すごい映画でした。

文字通り、人形と見紛わんばかりの完璧な肢体を曝すペ・ドゥナは、心を持つことと引き換えに、性欲処理の道具である、中身は空気で空っぽである、何かの代用品である、など、自我についての根源的な苦悩を抱える。

だが、それは何も彼女に特異的なものではないことを示すように、中身が空っぽな人物達が脇で細かく描写されていく。そして、様々な出会いによって彼女の自我が徐々に確立されていくが、事態は思いもよらぬ方向へ発展していってしまう。

映画史上、最も美しいと評されるラブシーンは、エロティシズムの変態性を実に艶っぽく、それでいてただの助平ではない領域にまで引き上げて、描いている。お見事の一言に尽きる。

ペ・ドゥナは言わずもがな、美しく可愛らしいが、彼女の存在そのものを肯定し得るARATAの演技が素晴らしい。岩松了は相変わらずいやらしいいい演技をする。

作中登場する以下の詩が、本作の全てを物語る。少し長いが引用する。

***

「生命は」吉野弘

生命は
自分自身で完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする

生命はすべて
そのなかに欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思えることさも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光りをまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない

***

正直、是枝作品で唸るのは悔しいが、すごい作品だと思います。

えすけん