「グレース・ケリーを愛でるヒッチコックと、覗きを罪なく楽しむ観客を代行する良識人スチュアート」裏窓 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
グレース・ケリーを愛でるヒッチコックと、覗きを罪なく楽しむ観客を代行する良識人スチュアート
アルフレッド・ヒッチコック監督のサスペンス映画の粋を代表する傑作。監督お気に入りの女優グレース・ケリーが「ダイヤルMを廻せ!」に引き続き出演し、そのエレガントで清楚な女性美を極めた唯一無二の女優として映像に遺されている。正にレジェンド女優のレガシー名画。ヒッチコック監督のサスペンス演出は、何時にも増して観客を楽しませる名匠の技を終始弛みなく披露している。その上で、この映画はまた、グレース・ケリーをヒッチコック監督個人が愛でるために作られた映画でもあるだろう。ジェームズ・スチュアート演じるカメラマンL・B・ジェフリーズは、仕事中の事故で左足複雑骨折の重傷を負い7週間のギプスを余儀なくされている。この車椅子生活の主人公のアパートには、彼を熱烈に愛し結婚を迫るリザ・フリーモントというファッション関係の仕事に就く美女が毎日訪れ、三日連続で熱いキスを交わすのだ。何と羨ましい男性の設定であろう。演技指導を終えた撮影中の映画監督は、ほぼディレクターチェアに座っている。ヒッチコック監督が主人公に感情移入しやすい設定ではないだろうか。それに加えスチュアートへの演技指導もそこそこに、衣装チェックから部屋の移動までの細かい指示に集中してグレース・ケリーに関わられる。映画監督の職業を最大限に利用したヒッチコック流映画作りの楽しみ方を想像すると、更にこの傑作が面白く感じられるのではないだろうか。最初の水曜夜の白と黒のドレス、木曜のシックな紺のドレス、金曜の淡いグリーンのツーピース姿と薄いピンク色のナイトウエア、そして事件解決土曜日の花柄のワンピースにラストカットの赤いブラウスと、日替わりファッション。真珠のネックレスやイヤリングがまた似合う高貴な佇まい。こんなに美しい装いのグレース・ケリーを映画の間だけでも独り占めで満喫できるのは、偏にヒッチコック監督のグレース・ケリー愛があってこそである。
しかし、そんな個人的趣味に終わらずに、娯楽としてのサスペンス映画を完成させたヒッチコック監督の演出力は見事につきます。本編のサスペンス演出で大きな特徴は、映画が撮影カメラを通した覗きであることを改めて認識させることにある。主人公が中庭を挟んで覗くアパートの窓の其々が一つのスクリーンとなって、そこに生活する人たちの日常を見せてくれる。主人公のカメラマンの設定から望遠レンズが活躍するところがミソ。舞台がマンハッタンのグリニッジヴィレッジで芸術家が多く、売れない作曲家、暑さのためベランダで寝る愛犬夫婦、ミスグラマーのバレリーナ、仲の悪そうな夫婦、熱々の新婚さん、独身婦人のミス・ロンリーハート、そして空腹をデザインする前衛芸術家の婦人と三者三様の人間模様。他人には知られたくない秘密をみんな持っている。あらゆる映画の面白さの基本が、この他人の秘密を知る興味や関心の高さに起因する。映画は刑法上唯一許された覗きといってもいい。劇中では当然のようにリザが、近所を眺めるだけでなく双眼鏡まで持ち出し妄想するジェフリーズを一度咎めるシーンがある。しかし観客はスチュアート演じるジェフリーズの視点と同化して覗きにはまり、人間を観察し殺人事件を疑い推理し、見事に事件を解決するが、襲われる恐怖も同時体験するのだ。
サスペンス演出で冴えた技が一際光るのが、犯人の部屋に忍び込んだリザを心配しながら下に住むミス・ロンリーハートの自殺未遂を危ぶむジェフリーズと看護師ステラの場面です。この一寸した油断の間が、次に来るリザの危機をより緊張感溢れたものにしている。孤独なミス・ロンリーハートと人の心を癒す音楽家の隣人の設定が生かされた脚本の構成力も凄い。リザが隠れたと同時に犯人がドアを開けて入って来るのを、開放された窓のガラスに反射させて見せる演出の巧みさも流石だ。この脚本と演出が同レベルでストーリーを語り、最後のクライマックスの後のオチ迄完璧である。それは先ず、リザが犯人の玄関ドアの下に手紙を忍ばせてジェフリーズのアパートに興奮気味に戻った時の彼の嬉しそうな顔のアップショットを入れていること。それまで報道カメラマンの妻として世界中を連れて行くことに負い目を感じ、彼女に相応しい紳士との結婚を望んでいたジェフリーズが、ここで漸くリズの行動力と度胸を見直す。彼女なら大丈夫かも知れないと思い始めた分岐点になっている。ラスト、そのリザと真摯に向き合わず、他人のプライバシーを覗くのに夢中になった罰として、右足も骨折してしまったジェフリーズ。今度の7週間は、あなたの目の前にいるリザ・フリーモントを良く覗きなさいと言っている。脚本家ジョン・マイケル・ヘイズの洒落た恋愛映画の側面もユーモアに溢れている。
主演のジェームズ・スチュアートは動きが制限された窮屈な車椅子の演技だが、彼独自の善良さが主人公の覗き趣味の嫌らしさを打ち消している。その意味で、このジェフリーズ役はスチュアートが最適だったと思う。名優の為せる技を味わえる。「ダイヤルMを廻せ!」も美しさが別格だったグレース・ケリーは25歳。クール・ビューティーに女性の色気を上品に加えて、これ以上の眼福はない。それだけに、キスを迫るアップショットの登場シーンはヒッチコック演出の斬新にして大胆なもの。日本文化を愛したケリーが1982年に来日した折、一般の人たちの歓迎を受けているところをテレビで観て大変驚いた記憶がある。それは日本のご婦人方のどよめきが尋常ではなかったからだ。この時52歳、変わらぬ美しさに自分も後を追ってため息を付いた。惜しくもこの年に交通事故で亡くなってしまったが、最期まで美しかった。
助演のレイモンド・バーは先日の「陽の当たる場所」で再認識したばかりだが、この作品に出演していたことは初見で見逃していた。実年齢より老けたメーキャップの所為もあるだろうと思う。看護師ステラのセルマ・リッターも「三十四丁目の奇蹟」「三人の妻への手紙」「イブの総て」と観ているが覚えていない。現代のように録画で確認したり、携帯で調べたり出来るのは本当に恵まれている。
アパートの一室に限定されたカメラ位置の単調さを払拭したスタジオセット撮影が何より素晴らしい。個々の建物の作りや、窓枠の形、ブラインドの効果的な使用、それに加えてスクリーン左奥に見える道路とカフェの様子が空間の広がり想像させている。それらすべてが丁寧に物語の中に組み込まれているのが、この傑作の所以である。
そして、最後どうしても気になるのは、熱々の新婚さんカップル。窓辺に来て一服する夫に部屋の奥から甘えた声を聴かせる妻のカットが二度程あった。ラスト、仕事を辞めると言い出した夫に一寸切れ気味だった妻だが。この二人、あれから熱々振りはどうなったのか。
これが覗きの弊害という事です。
ヒッチコックがグレース・ケリータイプが好みの女優さんだとは私も同感します。
しかし、晩年のヒッチコックの作品ってその逆の様なタイプも割と多く使っているような気がします。
Gustavさん
コメントへの返信有難うございます。
完璧な恋人は、妻としても理想的な女性(勇敢で行動力もある)でしたね。恋愛の要素も巧く取り入れ、上品さとユーモアのある作品でした。