「抱擁のかけら」抱擁のかけら DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
抱擁のかけら
「BROKEN EMBRACE」(ブロークン エンブレイス)を観た。
邦題 未定。題名をつけるとしたら、意訳して「引き裂かれた抱擁」とか、「壊れた抱擁」だろうか。と 思っていたら、「ニュースウィーク」で、日本では2月に「抱擁のかけら」という題で、公開される、と書いてあった。 スペインを代表する ペドロ アルモドール監督制作によるぺネロペ クルーズ主演の新作。2時間30分。
日本でも ペドロ アルモドールは人気のある監督のようだ。作品として「マタドール 炎のレクイエム」、「トーク トゥーハー」、「オール アバウト マイ マザー」、「神経衰弱ぎりぎりの女たち」、「ボルベール 帰郷」などがある。
外国映画の中で、スペイン映画は 不遇な扱いを受けてきた。
日本人にとって ハリウッドを除いた外国映画といえば、早くは ロシア映画だが、外国映画といえば何と言ってもフランス映画とイタリア映画が主流だろう。
フランス映画では、ルイ マル、アラン レネ、フランソワ トリュフォー、ジャン リュック ゴダール、ルノワールなど、イタリア映画では、ミケランジェロ アントニオーニ、ビットリオ デ シーカ、パゾリーニ、フェデリコ フェリーニなど ヌーベルバーグ、新しい波の若々しい映画の作り手たちの名が すらすらと出てくる。1960年、70年代の輝かしい 映画の新時代に、スペイン映画の名が ひとつも出てこない。長期にわたるフランコ軍事独裁政権で、道が閉ざされていた不幸な歴史のためだ。
ぺドロ アルモドールは、フランコが死んだ1975年あたりから 映画に関わり合いをもち、1980年代になってから やっと本格的に映画作りを始める。スペイン議会が新憲法を承認して スペインに民主主義体制が始まったのが 1978年のことだ。今まで 押さえられていた圧倒的な政治の力を 撥ね退けるように この監督は 元気でシニカルで、エネジェテイックで、スペインっぽい作品を作ってきた。
「マタドール 炎のレクイエム」でも「トーク トゥー ハー」でも、闘牛士が出てくる。闘牛士が 裸からあの 体にぴったり張り付いたような 金の刺繍のついた闘牛士の服を一つ一つ身につけていく。宝石が沢山ついた ハレの舞台の 「トロ ブラボ」の 何と贅沢で美しい、高揚感をそそる姿だろう。自分の数百倍の体重をもった雄牛に剣を突き立てる 闘牛士の美を この監督は 映画のシーンに入れることを忘れない。
アントニオ バンデラを世界的な俳優にしたのも、ぺネロペ クルーズを有名女優にしたのも この監督だ。現在60歳。彼にとって、クルーズは自慢の娘のようなものだろう。
キャスト
レナ(億万長者の愛人):ぺネロペ クルーズ
マテオ(映画監督) :ルイス ホーマー
億万長者ビジネスマン :ホセ ルイス ゴメス
マテオの妻 :ブランカ ポルテイロ
マテオの息子 :タマル ノバス
ストーリー
ビジネスマンで億万長者の経営する会社で 働いているレナ(ぺネロペ クルーズ)は、社長が自分に関心をもっていることに気付いていた。レナの父親が癌を患い たちまち一家の蓄えが底をついたとき、両親の嘆く姿を見て耐えられなくなったレナは、社長に助けを求める。その代償が何であるのかを知った上でのことだ。
社長は 長いこと欲しかったものが 思い通りに自分から転がり込んできたので嬉しくて仕方がない。娘にように若く美しいレナを 可愛がり 着飾らせて 贅沢をさせて、ひとり悦に入っている。
しかし、レナは子供のときから女優になる 夢をもっていた。贅沢三昧をさせてもらっても 自由のないミストレスの生活に、希望が見出せなくなった、ある日、レナは映画のオーデイションを受けて、役者として仕事をもらってくる。シナリオライターで、映画監督マテオ(ルイス ホーマー)の目に留まったのだ。そして、撮影が始まる。
監督と主演女優は 当然の成り行きのように、激しく恋におちる。嫉妬深い社長は 息子にビデオカメラを持たせて レナとマテオの仕事の一部始終を撮影させる。映画制作をしているフィルムの中で 演技を演じるレナと、その様子を 撮影して 撮影の合間に愛し合うレナとマテオを撮影するフィルムが交差する。
撮影が長引くに従って、社長の嫉妬は激しく燃え上がり ついに家を出ようとするレナを階段から突き落として重傷を負わせる。それでも従おうとしないレナに さらなる暴力がふるわれる。たまりかねて、マテオは映画撮影を断念してレナを連れて姿を消す。
二人の逃避行が始まる。しかし、マドリッドから遥か離れた島で、平和なときを過ごしていたレナとマテオは、 ある日衝撃を受ける。完成できなかったマテオの映画が、社長の手によって 勝手に筋書きが変えられフィルム編集されて発表されたのだった。マテオが撮影所に連絡しても 何の返事もない。仕方なく、レナとマテオは マドリッドに車で向かう。
しかし、それを追う車があった。
大きな衝突事故が起き、レナは即死、マテオは視力を失う。それは、14年前の出来事だ。
生き残ったマテオには今や、妻があり息子がいる。問われるまま 息子に14年前のことを話してやる。そして かつて作りかけだった映画をもう一度 息子の力を借りながら 編集しなおして作品を仕上げる決意をする。というストーリー。
ぺネロペ クルーズが美しい。時として、可憐な娘、時として何事も譲らない自分というものを持った 頑固で成熟した女を演じている。リンとした姿で歩いたり 立ったり座ったり話をしたりするクルーズの姿が美しい。抜群のスタイル、やわらかい体の線。スペイン女のしっかり足を大地につけた重みがある。彼女にはハリウッドの女達と一味ちがう知性を伴った輝きがある。「 それでも恋するバルセロナ」で、アカデミー助演女優賞を獲った。
先のない恋人達の逃避行が せつなく美しい。また、家を出て行くレナを、自分のものに独占しておけないなら いっそ殺してしまおうと、激情にかられた男の心理を巧みに クルーズの細い危うげなハイヒールの大写しで表現するところなど、思わず息をのむ。筋よりも 美しい映像を切り取って見せてくれるところにこの監督の良さがある。
この人の作品では この「抱擁のかけら」よりも、「オールアバウト マイ マザー」と、「ボルベール 帰郷」が良かった。
「帰郷」のなかで、パーテイーの最中 にぎやかにやっていたバンドの連中に「ちょっと、歌ってみてよ。」と言う感じで頼まれて、ぺネロペ クルーズが歌うシーンがある。喧騒をきわめていた場がちょっと静かになって、クルーズがバーの椅子にチョコンと腰掛けて、スイッと 長い首と美しい背をのばして、ギターを抱えたかと思うと すごく土の香りのするこぶしの効いた民謡を歌った。哀調のある なんか むせび泣くみたいな歌で 心に沁みた。このシーンだけのために この映画を観る価値がある と思う。