縞模様のパジャマの少年のレビュー・感想・評価
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観て良かったけど、観なきゃ良かった
前情報無く鑑賞したのが良かった。
何?何?という感じでどんどん引き込まれました。
こんなショッキングな映画を観るとは思わなかった。
知っていたら、観なかった。
辛すぎるでしょ。
主人公ブルーノの母親の存在が救いでした。
もちろんそうなんだけど、ドイツ人全員がナチスの思想だったわけじゃない。
軍人の父親だって自分の家族に対しては、ごくごく普通の父親。
しかし・・・・ナチスなんですよ。
はからずも、自分の足で息子を踏みつぶしたんですね。
戦争なんて、何一つ良いことない。
もう、あんな血の気の引くようなラスト嫌いです。
観なきゃ良かった。
でも、観て良かった。
そして、一人でも多くの人に観ていただきたいです。
現実という名のドS映画
2008年イギリス映画。95分。2011年1本目の作品。予告編でずっと気になってた映画が今年の1本目の作品に。
内容は;
1,時は第一次世界大戦まっただ中、ドイツに住む主人公の少年は父の転勤で家族共々引っ越すことに。
2,新しい生活の地で少年は縞模様のパジャマの少年と友達になる。
3,そのパジャマの少年はユダヤ人収容所施設で生活していた。
本作のミソは、人種問題は大人の問題であって子供の視点からはまったく関係ない、ということでしょうか。本作はいわゆる実存主義的な作品。大人が受け入れる世の中の規律に「汚染」されていない子供の視点から描かれた人種差別問題。
もちろん、これだけではただのファンタジーで終わってしまうのであって、ドラマにするためにはそこに大人や社会の2人の少年の友情への介入が必要になってくる。ですが、本作の場合はいくらなんでもやりすぎです。
これは子供向けの映画ではなく、大人向けの作品。家族で観ることなど絶対にしないでください。予告編の宣伝の仕方もあるのでしょうが、本作を観終わった後、あまりの絶望ゆえにすごく気分が落ちました。
それにしても、「あれ」はひどいな。そこまでする必要が本作にあったのだろうか。あと30分長くしてもいいから、もっとましな終わり方にして欲しかったです。
これも戦争映画
ナチスドイツ軍のユダヤ人迫害は、様々な映画で描かれてきました。
今回も同じテーマの映画です。しかし、この映画には銃撃戦や、人が直接殺されたりするシーンは一切ありません。
それでも、全体的に漂う不安感。それは主人公であるブルーノが、真実を何も知らないから。
だからこそ、ラストのシーンには忘れる事が出来ない衝撃がある。
せめてもの救いは、この話はフィクションだという事。
でも、こういったユダヤ人収容所があったことは事実。とても恐ろしく、心に刻み付けておきたい映画です…
銃声やら爆撃よりも重く痛い
まず、原題の『The Boy in the Striped Pyjamas』も、邦題の『縞模様のパジャマの少年』も素晴らしいタイトルでございます。
この映画の舞台は、ナチスドイツがホロコーストを行っていた第二次世界大戦下のドイツであり、映画の主人公はブルーノというナチスドイツの将校の9歳の息子ですが、彼はあまりにも純粋で無垢すぎて、戦争のせの字も知らないような子で、強制収容所に収監されたユダヤ系の民族の纏った縞模様の囚人服をパジャマだと思うような子であります。
そんな歴史的な教養のないドイツ人の子が、英語をペラペラ喋るという矛盾点だとか、ブルーノと同い年の8歳の労働力のない子が、強制労働収容所に収監されているという些か無理のあるような設定にも目を瞑りましても、これは非常に優れた戦争ドラマであり、ヒューマンドラマです。
これまでにホロコーストを題材にした映画というのは多々観られましたけれども、この映画でのホロコーストに対してのメッセージのアプローチは、明らかに毛色が違います。
まず、主人公が大人でもなければユダヤ系でもなく、どちらかと言わなくても安全な立場にあり、戦争の実体そのものを知らない単なる冒険好きの恵まれた子供だということです。
そしてこの映画は、その純粋な心すらも翻弄し、無視してしまう戦争の虚しさ、愚かさ、無意味さを、鉄砲の弾やら爆撃よりも重く訴える作品です。
戦争のせの字も知らないと言えば、それは現在のこの国日本における多くの人に他なりません。
幾ら歴史の教科書や映画などでナチスとかユダヤとか戦争とかの色々な知識を詰め込んだところで、実体験として戦争を経験していない私達にとって、この映画の純粋な子供目線は、あまりにも優しく、そして重く痛い。
戦争を知らない者は、戦争を知る者から、上からの高圧的でプロパガンダ的な押し付けがましい価値観での教えではなく、同じ目線からの教えが必要なのかもしれません。
そして何かを得ようと思ったら、何かを失うというリスクが伴う。
有刺鉄線の囲いの向こう側にある大きな事実を知ろうと思えば、それまで抱いた夢も、今まで生きてきた中での純粋な価値観さえも、あっけなく葬りさられる可能性すらも孕んでいる。
そんなリスクを覚悟の上で、行動出来るということが如何に強いことなのかということは『シンドラーのリスト』のオスカー・シンドラーに譲るとしまして、この映画は、そんなリスキーな状況に陥る可能性があるということすらも知らない子供なのです。
しかし、子供も大人も演技が素晴らしいです。
決して台詞の多い映画でもないのですが、皆凄まじい目力で、観客に心情を訴えかけてきます。
「目は口ほどにものを言う」とは言いますが、戦時下という極限状態の中でのその目は、あまりにも痛切です。
そして、その瞳の奥にある秘めた思いは、膨張して破裂したら、断末魔の叫びとなって虚しくも重く響き渡る。
ブルーノの心
ブルーノとシュムエルは本当に良い友達になれたのだな、と思います。
この二人の天使が紡ぐ友情、悲劇は涙なしでは見られませんでした。
シュムエルがとてもかわいくて、シュムエルの悲しみをもっと知りたいと、背景をもっと知りたいと思いました。
あれ以外の結末はなかったと思います。
しょうがなかった。それ以外の言葉はありません。
少年の目で見た控えめな演出が、より強い平和へのメッセージを感じさせました。ラストがあまりに衝撃的!
ナチス・ドイツの強制収容所に所長として赴任した父親に伴って、収容所近くの官舎に移り住んだブルーノ少年の視線で語られる収容所のユダヤ人とホロコーストの告発する物語です。
まだ8歳のブルーノにとって、父親の仕事も、収容所の目的も分かるはずもありません。ただ父親は国家とみんなのために尽くしているいい仕事をしているのだとおぼろげながら、信じて尊敬していたのです。
そして、父親から収容所は農場であると教えられて、そう信じていたのでした。両親の愛に育まれて、一度も大人達の言うことを疑ったことのないブルーノにしてみれば、ホロコーストなど、存在するはずがありませんでした。
けれどもその無垢ゆえの無知さは、思いも寄らぬ悲劇を生むことになります。
強制収容所をテーマにした作品としては、子供目線にしたため、ほとんどその内部のことが描かれていません。
人権や反戦など何も主張せず、少年が見た事実だけを追う本作は、それがどういう意味なのか分かる観客にとって、かえって戦争の悲惨さを印象づけるものとなりました。
ブルーノが、縞模様のパジャマを来た人と出会うのは、引っ越してきてすぐのことでした。ブルーノは、庭のブランコから落下し、怪我します。それを慣れた手つきで手当てをしてくれたのがパヴェルでした。
かつて医者だったという彼は、いつもキッチンで芋の皮むきをしているばかりです。そして、なぜ昼間から縞模様のパジャマを着てキッチンの手伝いをするのか?とブルーノは疑問に思うのでした。
何かに怯えながら意志を押さえているパヴェルが、ブルーノに見せる優しさと人間らしい表情がとても印象的でした。
引っ越し後友達がいなくなり、退屈な日々を過ごすブルーノがある日見つけたのは、物置の窓から広がる裏庭の森。探検が好きなブルーノにとってうってつけの場所でした。母からは、「その場所のことは気にしてはいけないし、絶対近づいてはいけない」と言われると余計に冒険に出かけたくなるものです。
ブルーノは巧みに母の目を盗み、禁じられた裏庭の森の向こうへ向かいます。そして、収容所のフェンスのたどり着いたとき、フェンスのなかにはシュムエルという、縞パジャマを着た同じ年の少年がいました。はつらつとしたブルーノとどこか憂いをもつシュムエルの表情の違いが、お互いの置かれた立場の違いをよく表していました。
ブルーノは頻繁にシュムエルのもとへ通うようになります。ボールを持っていったり、お腹を空かせている彼のためにチョコや食べ物を運んだり。次第に二人の心は近づいていきます。
けれどもブルーノがどんなにシュムエルと一緒に遊びたいと思っても、いつもフェンスが阻みました。しかも高圧電流が流されていて、少しでも触れると感電するのです。
ブルーノは、シュムエルのきている縞模様のパジャマに興味を持ちます。シュムエルは自分たちはユダヤ人で、みんなここに連れてこられて、服を剥がされ、パジャマに着せ替えさせられたことを説明します。
けれども、ブルーノはユダヤ人の事を知りませんでした。そしてシュムエルが着ているパジャマに刺繍されてる番号も、何かのゲームのためのものだと思いこんでいたのです。
そんなブルーノでもシュムエルとの交流を通じて、少しずつ収容所の実態が分かっていきます。
そこは農場ではないこと。シュムエルはいつもお腹を減らしていること。そして内部では時々身近な人がいなくなっていること。
父親たちが鑑賞していたドイツのプロパガンダ映画では、収容所はユダヤ人の楽園となっていました。
シュムエルの話を聞いているとどうも違っているようだと無垢な少年の心に、本当のことが知りたいという探求心が募っていくのでした。
それに、ユダヤ人は有害で敵だという家族や家庭教師は語ります。でもシュムエルやパヴェルなど知っているユダヤ人はフリンドリーな人たちで、どうしても有害だとは信じられませんでした。
そんなシュムエルとの友情にも試練の時がきます。
ある日家に戻ってみるとシュムエルが目の前のいて、ブルーノは驚きます。ガラス食器を磨くためにかり出されたのでした。シュムエルが空腹なことを知ると、ブルーノはケーキを差し出します。それをむさぼりついているところを運悪く、父親の部下コトラー中尉に見つかってしまいます。恐怖のあまりブルーノは、彼のことは知らない。見たこともない。勝手に盗み食いをしていたと嘘をついてしまいます。
ブルーノは、裏切ったことをとても後悔します。けれど誤りたくても、シュムエルはその日から、いつものフェンスの場所に、姿を見せませんでした。
しばらくたって、ようやくシュムエルは姿を見せます。でもその顔には、明らかに暴行をうけた痛ましい痕跡が刻まれていました。罪悪感を募らせるブルーノをシュムエルは許し、固い握手をするところが良かったですね。
このときシュムエルは、父親が行方不明だということブルーノに告げます。ブルーノは一緒に捜そうと約束するのでした。
そんなブルーノに母から引っ越しが告げられます。夫の任務の内容と収容所の秘密を知った母は、夫に失望し、子供たちの教育のためにも即刻この場所から退去すべきだと考えたのでした。
シュムエルとの別れを惜しむブルーノは、父親を一緒に捜すという約束を果たすべく、家族に内緒でシュムエルの元へ向かいます。
それは、衝撃的なラストを迎えてしまう決断となってしまいました。
とても語れないエンディングは、ぜひ劇場で目撃されてください。
少年の運命は、果たして強制収容所のユダヤ人たちのいのちの代償になりえたのだろうか?深く考えさせられる結末でした。
森の映像美もきれいで、印象に残る映像です。
純粋さが生む痛み
ホロコーストを描く映画というと、ドイツ人からの視点で描いた「シンドラーのリスト」、ユダヤ人側からの「Life is Beautiful」「戦場のピアニスト」等が有名だが、この映画は今までにない新しい視点から描いている。アイルランド人の原作、そしてイギリスによる映画化が可能にしたのかもしれない。
収容所を巡っての、ナチス軍人の家族における葛藤、心的推移。
その中で大人の意思とは無関係に生まれてしまう友情。
子供という純粋な存在にとって、壁は無に等しい。
ホロコーストにおける、子供の視点。
それは利害を超越した、本質的な真実を見抜ける視点なのかもしれない。
非常に考えさせられる映画だった。
救いがない
正直観た後憂鬱になる
たくさん考えさせられる
ブルーノが無知であり純粋であることは、彼に友人をもたらし、楽しみを与えた
芋の皮を剥く老人と、縞模様のパジャマの少年はブルーノと関っている時だけは、家畜以下のユダヤ人労働者ではなく、人間であった
父親は正しい軍人であると信じたかったブルーノはあの映画で父親を信じただろう。
真実を知って悲劇を迎えるラストはわかっていてもなんともいえない(悲しさともむなしさともいえない)気持ちであふれる
父親はあの時代のあの国では正しい軍人だったのだろう。
あのラストの後、彼は少しでも変わったのだろうか。
しかしきっと何も変わらないのだろう
縞模様のパジャマの少年
イギリス映画。1時間34分。アイルランド人作家 ジョン ボインの短編小説を映画化したもの。ジョン ボインは1971年生まれの戦争を知らない 若い世代の作家だ。岩波書店から千葉茂樹訳で、本が出ている。
映画監督は、マーク ハーマン
音楽は ジェームス ホーナー
撮影はハンガリー ブタペストで行われた。
今年になって ナチズムをテーマにした映画が続いている。アカデミー賞受賞の「愛を読む人」、トム クルーズの「ワリキューレ」、それと、007ジェームスボンドのダニエル クレイグが主役を演じている「DEFIANCE」だ。どれもなかなか重いが 観る価値のある映画だ。
キャストは、
ブルーノ:エイサ バターフィールド
シュメル:ジャック スキャロン
父親 :デビッド シューリス
姉 :アンバー ビーテイー
母親 :べラ ファーミ
ストーリーは
8歳のブルーノは 軍人の父親と、優しい母親と12歳の姉の4人家族で ベルリンに住んでいる。
戦争が始まっていて、大人たちの顔色は冴えないが 学校には たくさんの友達がいるから 毎日が楽しくてたまらない。ブルーノは、軍人の父親が 職場でどんな仕事をしているのか知らないが、男の子にとっては 父親はいつもヒーローだ。
ある日 父親が ベルリンから地方に転勤になって、家族そろって引越すことになった。ちょっと、寂しい友達との別れ、、、ブルーノは 田舎の新しい家に 慣れようとする。しかし、奇妙なことにブルーノの家は 他のどの家からも離れた森のなかにあり、高い鉄条網に張り巡らされ、門には24時間軍人が警備をしている。家には とても怖い父親の秘書も一緒に住んでいて、息が詰まりそうな 緊張した空気が漂っている。
ブルーノの部屋から背伸びをして 高窓から外を覗くと 遠くにスポーツ場のようなフィールドが見える。おかしなことに そこには沢山のパジャマ姿の人々が住んでいるようだ。台所を覗いてみると こんどは ズボンだけ縞模様のパジャマを履いて 貧しい身なりの年寄りが 下働きをしている。子供の目から見ても 異常に見える縞模様のパジャマ姿の人について 父親に聞いても 母親に問いただしても 大人たちは困った顔をして 話題をはぐらかせるばかりだ。
引越しをして何が退屈か と言うと学校に行けなくなって、友達が一人も出来ないことだ。ブルーノは退屈で退屈で仕方がない。
4歳年上の姉は 父の秘書として家に居る 若いハンサムな軍人に恋をしていて、ブルーノをうるさがって、邪険にするばかりだ。彼女は自分の部屋にアドルフ ヒットラーの写真を張り、軍歌に心を躍らせて、秘書の後を追いかけてばかりいる。
ある日 家に誰もいないとき、ブルーノは 庭のブランコから落ちて、怪我をする。介抱して適切な傷の処置をしてくれたのは パジャマのズボンを履いた 台所の下働きをしている年寄りだった。傷の手当てをしてもらいながら、ブルーノは 男が 今はジャガイモの皮をむいているが 昔はドクターだったことを知る。
友達がいない、話し相手がいない、そんな中でブルーノの不満とやり場のない疑問は膨れ上がるばかりだ。
ある日、ブルーノは 物置小屋の小窓から 誰にも気付かれずに家の外に出られることを発見する。そっと 家の外に出てみると 外は美しい緑の林だった。縞模様の人々の居る方向に行ってみると 鉄条網のフェンスで仕切ってある その中に 男の子が座っていた。話しかけてみると、パジャマ姿の男の子は 自分と同じ8歳で、シュメルという子だということがわかる。シュメルはフェンスのなかで、人々が何をしているのか ブルーノには言わない。ブルーノは シュメルがユダヤ人だと 教えられるが それがどんな意味を持つのか わからない。ただ、引越し以来 初めて友達ができたことが嬉しくてたまらない。
ブルーノは次の日には チョコレートを持って、またその次の日には サンドイッチを持って シュメルに会いに来る。
ある日、ブルーノは自分の家の台所で、グラス磨きをさせられているシュメルを発見する。グラスの細かいところを磨ける小さな手が必要だったので 手伝いに呼ばれたものだった。いつものように、ブルーノはシュメルに お菓子を与える。それを 怖い軍人の秘書に 見つけられて詰問され、ブルーノは叱られるのがこわくなって シュメルにお菓子をあげたのは自分ではない シュメルが盗んだのだ、と言ってしまう。
翌日、ブルーノは卑怯だった自分を責めながら シュメルのキャンプに行く。シュメルは見るも無残に 殴られて怪我をしている。それでも、ブルーノが謝ると、許すと言ってくれたシュメルにブルーノは このたった一人の友達を もう二度と裏切らないことにしようと心に決める。そんなシュメルは、自分の父親が突然居なくなってしまったことを、とても心配している。ブルーノは、自分のために みんなと同じパジャマを持ってきてくれたら 鉄条網の下を掘って 下からキャンプに忍び込み シュメルと一緒に父親を探してあげようと 思い立つ。
一方、家庭では 母親は夫を信頼 尊敬してきたが 子供達を連れて引っ越してきたところが ユダヤ人収容所に隣接しているとは、移ってくるまで思ってもみなかった。また、無用意な秘書の言葉から キャンプの煙突から終始 煙が出て 嫌な匂いがするのは ユダヤ人を処分しているからだ ということを知ってしまう。妻は夫と対立して、そのような仕事をする夫と一緒に暮らすことはできない と主張する。そして、遂に子供達を連れて 別の土地に移り 夫とは別居することにする。ブルーノは また引越しすることを知らされて、シュメルにはもう 会えないことを知らされる。
出発の日の朝、シャベルを持って ブルーノは シュメルとの約束を果たす為に フェンスの下を掘る。子供が辛うじて通れる隙間ができると、ブルーノはシュメルが持ってきたパジャマに着替えて、二人でシュメルの父親を探しにキャンプの小屋から小屋へと、探索しながら走る。ある小屋では、沢山の男達が集められて何かを待っている。と、突然、軍人達に押し出されて、ブルーノとシュメルも 群集にもみくちゃにされながら コンクリートの部屋に追い込まれて、、、、。
というお話。
原作以上に 映画が とてもよくできている。音楽がめっぽう良い。音楽が映画の画面にぴったり寄り添って 効果的に観る物の視聴覚を興奮させ、喜ばせ 悲しませ 驚き 嘆息させて、すべてを経験させてくれる。映画の音楽がすごく良くて、映画を見ていて心地よい と心から感じたのは、最近ではクリント イーストウッドの「グラントリノ」以来だ。
最後の方の見ている人の不安感 恐怖感 そして、それが押しつぶされて 長い長い救いのない嘆きに変わるときに 音楽が心に響く。ジェームス ホーナーと言う人の音作りに、今後も注目していこう。
映画で秀逸なのは、8歳の子供の役者だ。くもりのない子供の瞳 という言葉があるが 二人の子供がまさに それだ。世界や自分のまわりで 何が起こっているのか わからないでいるブルーノの 子供の目に映る光景は、いつもおなかを空かしているシュメルであり、いつも嫌な臭いの煙を吐き出している煙突や 怖い顔の秘書であり、疑問と不安ばかりが増長していく。
ある日 家に軍人達が集まり 映写会をしている。ドイツが他国にむけてユダヤ人キャンプを様子を宣伝するためのプロパガンダというか、エクスキュースのフィルムだ。ユダヤ人はキャンプの中で、安全で楽しい生活を保障されている、家族は一緒で、良い食事を与えられ、サッカースポーツやゲームに親しみ、何不自由なくキャンプ生活をしている という映像だ。これを盗み見て、ブルーノは 嬉しくなって、思わず父親に抱きつくシーンが印象的だ。ブルーノにとって 父親はやっぱりヒーローだ。疑うことなどできない。
配役では、自分の任務に何の疑問も持たない、今までの歴史になかった特別の国 ドイツ帝国を作るという信念に凝り固まっている石頭の父親に、デビット シューリスは、適役だ。
ナチズムの正体を徐々に知ってしまい、良心の痛みから病人のように やつれていく母親役の、べラ ファーミガが とても良い。
そのとき、その場に居ると 人は外から客観的に 何が起こっているのかわからない。気をつけていないと 自分が踏みつぶしている生き物が 見えない。状況をみきわめて、何が起こっているのか 知ること。そんな中で さらに良心的に生きるということが、どんなに難しいことなのか、改めて思った。
期待していたよりはよかった
第2次世界大戦中のドイツのお話。
当時ヒトラー政権の下で、ユダヤ人がかなりひどく扱われたことが有名であるが、そのことを表現しているともいえる映画である。
映画は、そんなお国のことなど全く無関心のドイツ人の少年と収容所の中で暮らしているユダヤ人の少年との友情を軸にストーリーは進んでいく。
最後のシーンを前に、徐々に映画のおとし所が見えてきて、あまりにも切なくて
手に力が入ってしまった記憶がある。
涙は流さなかったが、戦争とは何かを改めて考えさせてくれた作品である。
・・・・・
衝撃的!
ナチとか、ユダヤ人迫害を扱ってる映画はつい見てしまう。
この作品は、今までのユダヤ人迫害を扱ってる作品と少し違う。
言葉がでない。
でも、多くの人に見てもらいたい作品です。
この少年にとっても、私たちにとっても、無知であることは怖すぎる・・そして、罪でもあるから・・。
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