劇場公開日 2008年12月20日

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「砂漠の民と生きたロレンスの理想と挫折――今に続くイスラム世界の葛藤の原点を見る」アラビアのロレンス 完全版 nontaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 砂漠の民と生きたロレンスの理想と挫折――今に続くイスラム世界の葛藤の原点を見る

2025年9月29日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

1962年公開作品。約4時間弱(227分)で途中休憩が一回入る超大作。
確か小学生の時にテレビで二夜連続で見たのだが記憶は曖昧だ。砂漠を舞台にした戦争映画ということで「砂漠の狐」ロンメル将軍が戦車で走り回るようなイメージに記憶が改変されていた。今回何も調べずに観始めて「戦車出てこないんだ」と勘違いに気づいた。恥ずかしい。

ほとんどがアラビアの砂漠で物語が展開する。少数部族同士の抗争が続き、環境も気候も厳しい世界である。
アラブの部族が仲間と砂漠を旅するとき、仲間がはぐれても探さない。はぐれた時点で死亡確定だし、探せば二重遭難になるからだ。
そんな状況で、ロレンスは、ラクダの旅の途中で、はぐれたアラブ人を探しに戻り、無事生還する。そして圧倒的リーダーシップと戦略立案能力、同時に砂漠の民へのリスペクトを示すことで受け入れられ、部族長の服をプレゼントされ、尊敬されるリーダーとして認められる。この前半は何とも胸の熱くなる展開だった。

観ながら色々な点で『スター・ウォーズ』を思い出した。当初のロレンスのキャラクターは、生意気でビッグマウス、組織のはみ出しもので、ハン・ソロを連想させる。アラブの指導者を演じるのはアレック・ギネス。僕の憧れのロールモデル、オビ=ワン・ケノービだ。そして美しい砂漠の風景。ルークが暮らすタトゥイーンではないかと思って調べたらそうではなかった。でも、新三部作(エピソード7、8)は同じ砂漠で撮影されたようだ。

この厳しく住みにくすぎる土地が、逆に世界で一番美しく、むき出しの生命感がほとばしる場所、〝本当に生きている〟と実感できる唯一の場所ではないか……映画が進むほどにそう感じられてくる。ロレンス自身も砂漠にいることで、生き生きと自分らしく、深く生きられた人物なのだ。

映画の冒頭はロレンスの死と葬式から始まる。毀誉褒貶の激しい、評価の定まらない人物であることが示される。「偉大な軍人で尊敬すべきカリスマリーダー」とする人もいれば、「自分を高く売り込み神格化するのに巧みな詐欺師」と揶揄する人もいる。

僕自身も見終わってロレンスの評価は揺れ動いた。
アラブ世界を独立に導く偉大なリーダーになりかけたかと思えば、部族同士の対立調停や近代化への対応を指導しきれず、失意の結末を迎える。成功を見るか、その限界を見るかによって評価は変わる。
しかもロレンスは一貫してイギリス軍人であり、軍部の指揮命令下で動いていた。上司には逆らい、許可を得ずに勝手に作戦を進めるなど、アラブ世界で実力を発揮するが、それでも一貫して組織人であったことに変わりはない。つまりロレンスの個性と才能を、軍の上層部が巧みに利用したにすぎず、彼はその手のひらの上から出られなかった。

物語の背後には、イギリスが第一次世界大戦中に行った「三枚舌外交」が横たわっている。アラブには独立を約束しながら、同時にフランスとは分割統治を取り決め、ユダヤ人にはパレスチナでの建国を支持する書簡を出していた。
ロレンスは途中でその嘘を知るけれど、現地では戦いを続けざるを得なかった。英雄であると同時に「帝国システムに翻弄された哀れな理想主義者」としてのロレンス像も描かれる。だからこそ、この映画はスペクタクルな冒険活劇であると同時に、現在までも続く中東の混迷、西洋とイスラム世界の断層の原点を描いた作品ともいえるだろう。

ロレンスの限界について触れたけれど、これは僕ら現在の企業組織人でも全く同じことだ。ヒット商品を企画した、新規事業を成功させた…などと言っても、それがいつまでも偉大な達成として評価されることはないし、それを成功させたのは、結局その人を採用し、雇用している企業の成果だ。その成功の後には、例えば、事業部長なんていうポジションが待っていて、そこで成功しなければ、何の意味もない。ロレンスも当初は、〝現場〟で優れたリーダーシップを発揮するが、さらに大きな部族横断の組織立ち上げには失敗し、更迭される。大きな組織の中にいる限り、結局はその組織の都合の中で踊らされているにすぎない。
ロレンスが、もし砂漠の民の指導者として、あるいは一個人としてアラブ世界で生きる道を選んでいたら……当時はあり得なかっただろうが、そう想像してしまう。

才能ある異端児の成功と失意の最後は、スケールはずいぶん違うけれど、自分自身の会社員生活とも重なって見えるところがあって、強い共感を覚えた。この映画で描かれた砂漠の風景は、ずっと記憶の中に強烈な心象風景として残るだろうと思う。

nonta