「砂漠を知らないのに、砂漠を経験しているような臨場感。圧倒的な映像美。」アラビアのロレンス 完全版 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
砂漠を知らないのに、砂漠を経験しているような臨場感。圧倒的な映像美。
砂漠の様々の顔。
目も眩みそうな蜃気楼。
灼熱地獄。
その合間の泉。あんな汚い水を、それでもありがたく、命をつなぐものとして、守っているのか。
駱駝のかわいらしさ。
馬の美しさ。
響くコダマ。
移動式のテント。そのしつらえ。
語りつくされるシーンの数々。圧巻。
この映画に浸るだけで、死生観さえ、変わってしまいそうな…。
そんな大地を背景に描かれる人間模様。
王子が、騎乗して飛行機に立ち向かおうと、周りを鼓舞する姿に、竹槍で戦おうとした日本人を見て、悲しく空しく…。
そして…。
今のパレスチナ・イスラエル問題の種を巻いた頃の話と聞く。
アラビアは、多くの部族が存在していて、それぞれ、相いれずにいたと聞く。
この土地の利権を巡って、様々な欧米諸国が絡んできたとも聞く。
付け焼刃では理解が追い付かないくらい混とんとしている時代(今もだが)。
だが、映画は、トルコの背後にいるドイツを叩きたいイギリスがアラビアと接触してと、単純に描く。フランスも、交渉相手として名前が出てくるくらい。
アラビア側も、最初の案内人の部族は名だけで、王子と、ハリト族のアリと、ハウェイタット族のアウダ・アブ・タイくらいしか、活躍する人物としては出てこない。
しかも、アラビア史を描くのではなく、ロレンスの伝記として、ロレンスの行動を追っているので、イギリス側や、王子たちの政治的駆け引きは、あとで”実は”と知らされるくらい。
おかげで、この時期の欧米やアラビアの歴史にとんと疎い私でも、映画についていける。
当時の欧米人の、欧米以外の国への見方としては当然なのだろうが、コーランを諳んじ、アラビア人に同化したいロレンスでさえ、「だからアラビアはダメなんだ」という意識はぬぐえない。上官の指導どころか、アリの助言も受け入れない。
砂漠の恐ろしさを知らないが故の奇策で功を奏すが、あの灼熱地獄の渡り方を知っているアリがいなかったら、成しえなかった奇策。
ハウェイタット族を味方に引き入れるのも、ほとんど詐欺のような…。アラビアの部族をまとめてとは程遠い。
ロレンスは英雄?確かに、一種の英雄ではあるのだろう。
”長”となるべく育てられ、自分がまとめるべき民の利益をまず考え、感情を抑え、動く王子、アリ、アウダ・アブ・タイ。
だから、アリはガシムを助けに行かない。命を懸けた使命が達せなくなるから。命すら危ない使命に一緒についてきてくれた大勢の部下達を率いることが優先。
アウダ・アブ・タイは、自分についてくる人々の実入りをまず考える。
王子は、あちらを立て、こちらを立てながら、目的を達する方法を探す。
それに対して、大局を見ているにも関わらず、一時の感情で動いてしまうロレンス。
リスクは考えない英雄的行動を、何の根拠もなく、遂行する。
予言者モーゼに自分をなぞらえ、無謀な行動をし、従者を死なす。
身近な人の死に耐えられず、砂漠に戻ることを拒否するのに、祭り上げられて、コロッと変更。
周りが自分と同じ理想を持たないと空回りした挙句、心配するアリの言葉を無視して、”透明人間”と、敵地にわざわざ赴くロレンス。誰も自分の命令を聞かないことに失意して”透明人間”と自虐しているのか、もう一人の従者も死んで自暴自棄になっているのか、それとも”神”に愛でられ”透明になるマント”でも持っている気になっているのか?
だが、透明人間であるわけがない。その時の傷つきが導いた”大量虐殺”?
人気者で、アリや従者をはじめ、アラビアの人々から慕われいているロレンス。だが、ロレンスにとって大事なのは彼らの心ではなく、ロレンスの理想であり、自分自身の気持ち。そのためには、簡単にアリをはじめとする人々の気持ちを裏切る。
部族連合でダマスカスを制したにも関わらず、相変わらずの勢力争いに、ロレンスは失意を覚えてという解説書もあるが、あのくらいの会議の混迷は、今の国会でも繰り広げられているシーンでもあり、第2次大戦の戦後処理だって、昔から今にかけての国連だって、似たようなものではないかと、今一つ、この映画では私にとっては腑に落ちない。
それよりも、王子の元への案内人を簡単に殺したアリにあんなに怒りを見せていたロレンスが、己の変わりように、失望しているように見える。
ガジムのこと以来、ロレンスを信頼して、一番の協力者であったアリ。敵地にも一緒に付き添ったアリ。そのアリが、だんだんと、ロレンスと距離を置き始め、ダマスカスの会議でも別れでは、他人行儀な挨拶をしていたのが、とても悲しい。
トリックスターとしての役割を果たしたロレンス。その無軌道ぶり、自滅ぶりに対して、理路整然と、自分が大切に思う相手へ信義を尽くせるアリやアウダ・アブ・タイ、王子の方が品格が上に見えてしまう。
なので、鑑賞後感が多少、もやもやしてしまう。
★ ★ ★
映像の迫力を開口一番に称えたいが、役者もすごい。
舞台俳優として活躍していたオトゥール氏。エジプトでは有名だったシャリフ氏。でも、映画界ではまだ無名だったので、有名人気俳優のクイン氏を起用したとか。
理想に空回りするロレンスを、繊細かつ大胆に演じたオトゥール氏。
そのロレンスに振り回されるアリを、凛とした格好良い友人として演じたシャリフ氏。
アウダ・アブ・タイを、豪放磊落、コメディパートを醸して演じたクイン氏。
王子を、思慮深く、老獪でありながら、父と民のためには誠実な人物として演じたギネス氏。
彼らが演じていなければ、また違う味わいになっていただろう。
☆ ☆ ☆
砂漠の地。灼熱・乾燥・砂嵐・流砂。
この映画を観ていると、その衣装、家の作り、コーランの教えでさえ、この地に叶ったものであることを実感する。
頭を覆う布。最近の夏の酷暑で、頭をこんな感じで覆う人が増えた。風通しがよく、それでいて重ね着もできるから、気温が下がった夜にも対応できる服装。女性が駱駝に乗っていた時は、ミニ箱をかぶっていたが、日差し除けには最適。でも見通しが効かず動きに制限があるから、動く役目の男性には不適であろう。休む時のミニテントは真似したい。
家。あれだけ砂嵐が飛ぶなら、固定の家など建てたら、すぐに砂に埋まってしまいそうだ。移動式に限るのだろう。
そして、「アッラーの思し召し」。「運命」。あれだけ、死のフラグが立ちやすいのなら、そうでも思わなかったら、心が折れてしまうのかもしれない。
かつ、強力なリーダーシップ。力を合わせなければやっていけない環境ゆえか。
今までの死生観が覆されたような気分になった。
今確認したらロレンス関連コメントを「戦火の馬」に書いてしまっていました。すみません!
とみいじょんさんのレビューもコメントも読み応えあり楽しく面白いです。ありがとうございます