マン・オン・ワイヤー : 映画評論・批評
2009年6月9日更新
2009年6月13日よりテアトルタイムズスクエアほかにてロードショー
世紀の怪盗が登場する軽妙な犯罪映画の趣
フランスの大道芸人フィリップ・プティは、登山家が「山があるから山を登る」ように、天空にワイヤーをかけて雲の上を渡る。
ワールドトレードセンター(WTC)が同時多発テロの犠牲になって崩落したのは、忘れもしない2001年9月11日のことだ。プティはそれ以前のWTC建築中(1966〜73年)に、マンハッタンの摩天楼にそびえるビルの記事を読んで夢を抱き、73年に地上411メートルの高さを重さ37キロの天秤棒のみを持って渡る。それは、いきあたりばったりの無謀な賭けではなく、数年にわたる周到な準備にもとづいた鮮やかな手口のグループワークだった!
映画としては、関係者の証言映像、記録写真、チープな再現ドラマによって構成されたごく普通のドキュメンタリーである。だが、それがたまらなく感動的なのは、怪盗が登場する軽妙な犯罪映画のように華麗だからだ。そして男が高い所をワイヤーで渡ろうとするシンプルで強力なプロットを備えているからだろう。もちろん彼の行為は犯罪だが、観客にはまったく悪事には感じられず、思わず後押ししたくなるような美しい犯罪に感じる。
われわれは知らず知らずのうちに、ポエティックなセリフを吐きながら飄々と夢のような空中散歩を達成してしまうプティという人物の虜になる。“決定的瞬間”の動く映像はほとんどないが、高さ411メートルを8往復する怖さ知らずの美しい犯罪が鮮やかに甦るから不思議だ。その世紀の犯罪を目撃するとき、心の奥底からブラボーと叫ぶしかない。
(サトウムツオ)