練習曲のレビュー・感想・評価
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人生の練習曲としての小旅行。
聴覚障害を持つ青年ミンシャン(イーストン・ドン)が自転車で台湾島を1周する7日間の旅での出会いを淡々と描いたロードムーヴィ。ホウ・シャオシュンの傑作「悲情城市」のカメラマンだったチェン・ホァイェンの初監督作品だ。ストーリーに別段大きな起伏もなく、盛り上がるようなヤマ場もないのだが、2007年の台湾では圧倒的な興行成績を上げたという。
台湾東南部の高雄から時計と反対回りでスタートするミンシャンの旅だが、映画はなぜか二日目から始まる。まず彼が出会うのは、テレビクルーのような映像集団。彼らの登場してくるシーンはフェリーニの世界へ誘うような不思議さを漂わせる。音楽も台湾仕様のニーノ・ロータ風といった具合で。はてさてどんな展開になるのかと期待を持たせてくれるものの、このムードはここまでで、いささか残念。
次に現れるのは、台湾の田舎駅にはいかにも不釣合いの、リトアニアから来たというモデルの女性。のんびりとし過ぎた田舎駅の風景には心安らぐものがたしかにある。通じ合わないいくつもの話し言葉より、たった一つの文字や絵が大きなコミュニケーションになることを見せると同時に、モデルという文化の最前線にいながらも、異国での心細い思いを抱く女性をおおらかに包み込む田舎の海の風景の優しさをさりげなく語ってゆく。この女性の登場、まさかロシアに対するリトアニアと中国に対する台湾の位置を掛け合わせてみたわけではないだろう。
その後も、驟雨を凌ぐ中で出会うロードレーサー風の青年、その実家では青年に手を焼く母親、桃園空港近くの発電所では女工おばさんたちの首切り反対バスツアーなどさまざまな人々との出会いを重ねながら、旅のひとつの終着点にも見える心優しき祖父母の家にたどり着く。さらに、300キロを歩く宗教信者たちの行進との嵐のような遭遇を経て旅は終わるが、映画はそこから旅の初日へと変わり、終幕となる。まるでこの7日間の旅が、彼の人生の終わりのない旅であるかのように。
青年が旅で出会う人々は、テレビクルーから女工のおばさんまですべてが善人ばかり。そこには、人間誰もが善の心を持っているという、監督から強いメッセージが感じられる。聴覚障害を持つミンシャンにとっては、ザ・フーの「トミー」ではないが、心で人と接し、人を感じることが必要であり、そのための修行の旅行だったのかもしれない。大切なものは、目には見えないし、耳でも聞こえないということ。手馴れないギターを背負い、時に練習を試みる。そうした姿こそが、この小旅行そのものだったに違いないのだ。
とにかく美しくとらえられた台湾島の風景を見るだけでも一見の価値はある作品だと思う。ブローアップして描くようなストーリーの焦点がなく、たしかにもの足りないところはあるものの、じんわりと心に染み入る作品ではある。
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