「音楽には偏見も国境も無い。」扉をたたく人 松井の天井直撃ホームランさんの映画レビュー(感想・評価)
音楽には偏見も国境も無い。
音楽には偏見も国境も無い。
亡くなった妻の思い出に生きる偏屈な大学教授。1人寂しく食事を取り、“忙しいふり”をしては他人との関わりを拒否している。
映画では詳しい説明は無いものの、9.11以降はごく普通に生活をしていたアラブ人コミュニティー達の中で大きな動揺が広がっている寂寥感らしき構図が、作品の内容からは伺われる。
タレクが逮捕される理由の1つには、やはりどこか“偏見”のキーワードが見え隠れするのだ。
それにはやはり、アメリカが《移民の国》としての一面が根強くあり、人々の心のどこかに彼らを“訪問者”と位置付けてしまっている気持ちの表れと思えて来る。
映画の前半はリチャード・ジェンキンス演じる偏屈の塊の様な主人公が、シリア人男性とアフリカ系黒人女性のカップルとの交流を通して、閉ざしていた心の扉を、少しずつノックされて行く過程が詳しく描かれて行く。
しかし後半は一転して、タレクの母親ヒアム・アッパスとの恋愛感情が芽生え始める為に、映画の前後半での変わり振りに若干の違和感を感じる人がいるかもしれない。
だがこの後半での2人による演技合戦が、映画としては圧巻の極みで、まさに大人の恋愛物語の側面も見せる。
しかしながらラブストーリーとしては、美男美女による共演でスイーツ女性のハートを鷲掴みする様な内容では残念ながら無い。
更に社会情勢に翻弄される冴えない中年の男女がお互いを気遣い、見えない国境の線の為に辛い選択を強いられる話。
だからこそ、映画の中で幾度と無く出て来る駅のホームで、一心不乱に…。
一般的なアメリカ人が“あの日”以降に感じる《訪問者》達の気持ち。表向きには解らない本当のアメリカの閉塞感を知るに至る。
この秀作がアメリカの主要な授賞式から無視されてしまう事実が、それを物語っていると言える。
(2009年7月15日恵比寿ガーデンシネマ1)