劇場公開日 2008年8月16日

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「監督の意図は逆に、移民希望者の労働の自由を阻止し、成功チャンスを摘み取ることがいいのかどうか提起しています。」この自由な世界で 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5監督の意図は逆に、移民希望者の労働の自由を阻止し、成功チャンスを摘み取ることがいいのかどうか提起しています。

2008年8月14日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 本作は、すごくシュールで、社会派。そんな映画がお好きな単館ファンには、絶賛ものの作品です。逆に、ハリウッド映画などエンタメ作品ばかり見ている人にとっては、退屈な作品でしょう。ケン・ローチ作品は、何気ないシーンの中に、深いメッセージを織り込んでいくタイプなので、見る人を選ぶところは否めません。

 格差が叫ばれつつも、反面ガテンな仕事では人材不足となり、移民の検討がされているわが国においても他人事とは思えない映画です。
 ずっと本国イギリスから離れた土地の映画を撮り続けてきたケン・ローチ監督が選んだテーマは、ロンドンの移民でした。

 労働市場の自由化、国際化で、労働者から安定雇用が奪われ、派遣業務に代わっていく状況に、ローチ監督は弱い立場の人たちを保護したいという観点からこの作品を作りあげたそうです。
 ローチ監督の上手いところは、主人公のアンジーをあまり極端な人物設定にしなかったことです。
 誰だって、チャンスを掴むためにはタフな人間でなくてはと思うでしょう。競争の激しい業界なんだから、競争心は強くなくてはと、手段を選ばずに突き進むアンジーの姿には、嫌悪しつつも思わず共感を感じてしまう気持ちになってしまいます。それは彼女も負け組の一人であり、失業したシングルマザーとして、必死に立ち直ろうとしていたからです。
 これが日本の労組支援映画をとっている監督さんが作ったなら、きっとアンジーは守銭奴のようになってしまい、移民労働者を搾取苦しめるような極端な演出になっていたことでしょう。

 本作では、むしろアンジーを弁護するような視線で彼女が移民労働者を斡旋する様を描いていきます。彼女の口入れに群がり、移民たち同士が仕事をくれと言い争うところ。契約先が倒産して、移民たちに賃金が払えなくなり、途方に暮れるところを描いて、むしろ仕事がない移民たちに一生懸命になって仕事を与えている印象を抱かせる描き方なのです。
 そしてアンジーが単なる守銭奴ではない一面も触れています。
 亡命を拒否され、やむなくロンドンで隠れ住むイラン人一家をかくまって、仕事を斡旋したり、移民青年カロルには、支払い条件でわざわざ詫びを告げに出かけたり、思いやりのあるところも描かれていました。

 もちろん彼女のお金に対するえげつなさもたっぷり触れています。自分の暮らしのためには、高額な斡旋料を平気で取ります。違法移民が儲かると知ると、法律の一線を越えて、パスポートを偽造し、呼び寄せようとします。そして違法移民の寝床がないと、近くのトレーナーハウスを密告し、そこで暮らす違法入国者を強制退去させることで確保するという荒技までやり遂げるのです。まさに目的のためには、手段を選ばずです。
 仕事のためには、愛する息子も両親に預け放し。すっかり息子の心は荒れていきます。見かねた父親は、慎ましやかに家族揃って暮らそうと提案しますが、お金がなくてどうやって暮らすのと、アンジーは耳を貸しませんでした。

 ローチ監督は、アンジーの追い詰められた必死さゆえに行き着いた人間くささを、そのまま観客に見せつけます。こうまでリアルティーを持ってアンジーの現実を見せつけられますと、軽々しく彼女の人生を否定しづらくなります。

 そしてもう一つの現実。それはアンジーのような非合法な斡旋業者に頼らなければ仕事にありつけない貧困な移民がいることです。彼らに言わせれば、日本人の格差なんて、笑止千万のレベルでしょう。斡旋業者がいなくなれば、移民たちも仕事にありつけなくなります。斡旋業者のモラルを問うの前に、たとえ違法でもロンドンで働きたいというニーズがあるという現実も直視すべきでしょう。
 本作のラストでは、結局不法移民を斡旋するアンジーが描かれます。移民を熱望するウクライナの人たちのやむに止まれぬ気持ちをラストに持ってくることで、皮肉なことにその人たちの労働の自由を阻止し、成功チャンスを摘み取ることがいいのかどうか提起しているようにもとれました。

 けれどもローチ監督は、自由という概念に疑問を抱いて、本作のモチーフとしたのです。
 サッチャー以来の新自由主義に反対し、労働者階級や労働価値学説など一世代前の価値観をローチ監督は、反面教師としてアンジーを移民労働者の斡旋に駆り立てさせたわけです。
 これに対し小地蔵にも異議はあります。それは置いといて、監督の意図とは裏腹に、この作品はアンジーのバイタリティーを応援したくなる気持ちにさせてくれます。
 彼女のような労働者斡旋を禁止して、労働市場の硬直化を進めると結局国際競争力が落ちて、企業・国家単位で没落。企業は買収や倒産の憂き目にあうというのが現実です。アンジーのやり方は確かにアコギですが、それでも争って仕事を求める移民がいる現実をこの作品は示してくれました。
 格差が感情的にきらいな日本人の間では、物議を呼びそうな作品ですね。

流山の小地蔵