コッポラの胡蝶の夢 : 映画評論・批評
2008年8月26日更新
2008年8月30日より渋谷シアターTSUTAYAほかにてロードショー
コッポラらしい美意識の高さと妥協なき姿勢に満ちたこだわりの一作
コッポラ10年ぶりの新作は、彼らしい美意識の高さと妥協なき姿勢に満ちたこだわりの1本である。原作はルーマニアの宗教学者が書いた幻想小説なのだが、インドで東洋哲学を学んだ作家だけに、内容はかなり異色。ある日老教授が雷に打たれ、輪廻転生していく自分の魂を通して未来が見られるようになる。彼は若返って年を取らなくなり、一方愛する女性は過去を溯る能力を得て、どんどん老いていく。
時間を超えるというファンタジー要素、第2次世界大戦の闇という歴史的要素、輪廻転生やカルマなどの哲学的要素、そして愛と野心というドラマ要素が混沌と進み、しかもどこにも焦点が絞られていないため何を描きたいのか掴めない。映画的メリハリもない。コッポラはただ静かに、厳かに、独特の雰囲気の迷宮を作り出す。
しかしこの作品はもう一度観てみると、本質が見えてくる。コッポラは幻想譚の裏にある哲学観を描くために、どの要素にも焦点を絞らず、主人公の人生を追ったのだ。老いることなく時代を越えて生き続ける主人公にとって、どんなに暗い時代も激しい愛もすべては通り過ぎていくもの。荘子の思想のごとく、すべては同じことなのである。
混沌の嵐から覚めると、内容の深さ、ユニークさ、それを見事映像化した技量に驚かされ、魅了される。映画というより、小説と読者のような繋がり方をした、まるで誰かの大切にしていた秘密の小箱を開けたような、とても個人的な“体験”をする映画である。
(木村満里子)