わが教え子、ヒトラー : 映画評論・批評
2008年9月2日更新
2008年9月6日よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー
ヒトラーよ、お前を生かしておくのはワケがある
戦後63年を経てもなお作り続けられる独裁者ヒトラーをめぐる映画に新たな一作が加わった。監督がユダヤ人だけに、さぞかし憎悪に満ちた内容だろうと思いきや、別の意味で痛烈な作品だった。何とコメディなのだ!
「この話は真実だ。しかし“真実すぎる”ため歴史の本には出てこない」。そんな奇妙なモノローグで始まる本作は、第2次大戦末期に鬱になったヒトラーを再生させる任務を命じられたユダヤ人教授の物語。ゲッベルスらのナチス最高幹部の珍妙な振る舞いを笑い飛ばしつつ、密室で対峙したヒトラーと教授のやりとりを映し出す。教授は隙あらばヒトラーを殺そうとするが寸前で思いとどまる。自らのトラウマを告白して涙を流すヒトラーの無力さが、あまりにも哀れだったからだ。
もちろん、これはユダヤ人がヒトラーの悪行を“赦す”映画ではない。しょせん弱い人間にすぎないカリスマ権力者が、部下がこしらえたハリボテの中で虚勢を張る孤独な姿を容赦なく暴いていく。ただしヒトラーは、何度も暗殺の危機を切り抜けてきた強運の持ち主だ。ならば彼をぶっ殺す“ファンタジー映画”よりも、史実通りに生かしたまま現代の教訓とすべき“リアルな喜劇”を作るほうが遙かに有意義ではないか。そんな作り手の意図が読み取れる本作は、ユーモアのわかる大人のための黒いおとぎ話。人を食ったようなラストまで壮大な冗談に徹しつつ、歴史の“真実”をあぶり出す語り口の妙に脱帽である。
(高橋諭治)