クライマーズ・ハイのレビュー・感想・評価
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作品全体に帯びる熱量が凄い。
○作品全体
『クライマーズ・ハイ』という作品タイトルが示すとおり、異常な熱量に満ちた作品だ。新聞社の皆が地元紙という劣等感を抱きつつ、だからこその矜持を見せつけようとする。冷めた視線で見てしまえばフィクションっぽい熱量なんだけど、ダイアログとカット割のテンポ感が気持ちよくて、熱量に乗せてくれるのが楽しい。
正直、主人公・悠木の物語とするには描写不足が否めない。悠木の生い立ちと北関東新聞社を結びつけるものも縁故と地元社である、という部分だけで地元社の矜持を悠木はどこから育んだのかという点は浅い。安西と悠木という要素も「山とヤマ」を印象づけるために使っているが、安西との出会いによって悠木が影響を及ぼされた描写は少ない。
ただ、一方でこの描写不足によって強調されるものもあった。それが新聞社の熱量という部分。集団としての物語として捉えるならば、悠木に固執しなかったことで上層部や他部署との駆け引きや登場人物それぞれの情熱は饒舌に語られる。これに圧倒された。
スクープをすっぱ抜いたわけでもなく、明確なゴールがあったわけではない。悠木が登頂後に息子へ会いに行くように一つの山を超えて、また別の山を超えていこうと繰り返すのも自分自身の仕事や人生ともシンクロした。だからか、視聴後にあったのは自分自身とこの熱量たちを重ねたうえでの、熱量への羨望だった。
○カメラワークとか
・見出しを決める局長室でのシーンや玉置へ佐山を帯同させることを告げるシーンで用いられる画面ブレ、フォーカスブレ、カット割が印象的。局長室のシーンは特に良かった。外からも内からも撮っていく。ドキュメンタリーチックな定点的なカットを間に挟んでカット割りに緩急を作っていた。登場人物にアップする緊張感と定点的な客観的なカットの緊張感が両立している感じがして面白い。フォーカスをブラしたりブレカットを作っていたのも同じ理由かな。登場人物が意図せず動いている(ように見せる)演出。
・御巣鷹山から下山直後、円卓で佐山が現場雑感を書いて少し落ち着くシーンのカメラワークが面白い。円卓の真ん中にカメラを置いて360度カメラを回すっていうカット。呆然と立ち尽くす神沢を映したところからスタートして後ろからやってきた玉置にフォローパン、180度カメラを回して悠木のもとへ相談する姿を映す。そのまま反対側からやってきた佐山が現場雑感を渡し、「書いたら少し落ち着きました」と言って去っていく。この佐山をフォローパンするとちょうど360度カメラが回るんだけど、そこにいるのは未だ立ち尽くした神沢。
カメラワークのアイデア自体も良いし、ここがなにより面白いのは神沢だけがなにもできず、取り残されていることが強調されているところ。玉置は事故原因という新たなヤマを手に入れ躍起になっているし、悠木は目下指揮中。そしてさっきまで神沢と一緒に憔悴していた佐山は先に正気を取り戻し、残されたのは神沢だけ、という状況を作る。これが巧い。
しっかりと言葉にできた佐山。うまく言葉にできず、それでも必死に書き起こした言葉に「これじゃ使えない」と突き放される神沢。二人の行く末はここから既に違っていた。
○その他
・この作品の一番好きな部分はキャラクターだ。トップ3が凄くキャラが立ってるし、なにかと悠木と喧嘩する田沢も良い。田沢と岸が粕谷と追村の注意を向けさせて、悠木が等々力と直談判するシーンが一番好き。敵対していたライバルキャラである田沢が味方に回る心強さ。直談判に至るまでの立ち回り、空気の読み合った連携も面白い。
テレビ放送の録画をたまたま8/12に再生して観ました。 滝藤さ...
テレビ放送の録画をたまたま8/12に再生して観ました。
滝藤さんのくだりが、やはりという感じですが胸が痛みます。高島さんの話はもう少し時間が欲しかったかなと感じました。
日航機墜落事故と地方新聞社を題材にした「スポ根」
堤真一演じる主人公悠木は群馬の地方新聞の男性新聞記者です。趣味は山登り、仕事熱心過ぎたのか妻と息子とは別居状態、上司にもズケズケと思ったことを口にする「熱い」男、若い記者達からは尊敬されている様子、遊軍記者という立場の中間管理職、という設定です。
日本航空123便墜落事故発生を受けて、彼は社長から「全権デスク」に指名されます。一地方新聞社にとっては空前絶後の大事故であり、社内のテンションは異様に高揚していきます。
独裁的な社長、過去の栄光にすがる上司たち、自分たちの都合を優先する販売部や広告部の奴ら、中央の大新聞への対抗心、自身の生い立ちに関する引け目、友人の病気と部下の事故死、困難かつ複雑な状況の中、奮闘する主人公。
「チェック&ダブルチェック」「特ダネと誤報」「若い記者をスターに」「中央の新聞にできない住民によりそった報道」「局長賞」「新聞協会賞」彼のセリフからは地方新聞社の記者としての矜持、こだわり、意地が伝わってきます。
そんな主人公は、せっかく部下が体を張って掴んだ特ダネを、周囲の反対を押し切りボツにします。お祭り騒ぎに巻き込まれずに冷静に判断を下した主人公、偉い!ということなのか?どんなときも自分の原理原則に忠実な主人公すてき!ということなのか?結果的に特ダネは大新聞に持っていかれます。特ダネを掴んだ部下は彼に食って掛かることもなく、なぜか彼の判断を支持します。映画の山場に当たるこの一連のシークエンスが、全く理解できませんでした。映画の冒頭、現場に足を運んだ部下の記事を1面に載せさせなかった上司を彼は散々批判したのに、同じ過ちをしてしまったのではないでしょうか。彼の判断をどう評価していいのかわかりません。
起こった事件は未曾有の大事故なのに、それはただの背景でしかありません。本作のほとんどのシーンは「社内」という閉鎖空間のsmall worldの中。独裁者である社長の不正義に対して彼らは無力です。彼らが議論するのは新聞読者にはどうでもいいような「内部の論理」。事故の悲惨さに比べたら彼らの事情や虚栄心などもうどうでもいいほどちっぽけです。主人公や部下たちが奮闘すればするほど、彼らの行為や主張が「小さく」見えてきてしまいます。それに比べ、間に挟まれる登山のシーンの人物は「大きく」感じます。
本作は「報道の客観性、正確性、速報性の問題」「災害や事故現場における報道倫理や安全性」「権力への忖度」などマスコミの問題点や暗部には全く切り込みません。監督はこの映画でなにを描きたかったのでしょうか。社会派映画というよりも、まるで「スポ根」を見てるようでした。
1985年、日本航空123便墜落事故
1990年、普賢岳噴火の過熱報道による被害の拡大
2008️年、本作公開
2023年、BBCによるジャニーズ性被害報道
わが国のマスコミは数々の失態を繰り返しています。
「内部の論理」に縛られた日本のマスコミが抱える問題点の原型が本作の中には描かれているのに、残念ながらそれはメインテーマではありませんでした。
中途半端な終わり方
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日航機事故の際の群馬県の新聞の記者達の話。
熱血新聞記者の堤が一面を日航機のものにしようと命をかけて奔走。
そのために勝手に広告をなくしたり、無茶もする。
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地元なんやから全国紙に負けるかって感じがよく出ている。
でも結局テーマがよう分からんかったわ。
史実に基づいてるからってのもあるんやろうとは思うけど、
熱血取材で事故原因を突き止めたのに二の足を踏んでしまい、
その結果全国紙に先を越されて報道されてしまう。
さあじゃあここからどうやって巻き返すのかと思ったら、
堤が長年会いに行かなかった海外の息子に会いに言って突然終了。
そこは二の足を踏まずに頑張って行ったってことなんやろうけど、
そんなエピソードはどうでも良くて、肝心の新聞の話は?
NHKドラマ版がよい
横山秀夫原作「クライマーズハイ」の
映画版ですが、2005年放送NHKドラマ版
もあります。
個人の感想ですが、ドラマ版の方が
よいです。
主人公悠木は佐藤浩市です。
映画版は主要登場人物の悠木の元部下
望月亮太と従妹望月彩子が登場しません。
したがって物語のクライマックスにある
「命の重さについて」がなくなって
物語の趣旨も感動もありません。
原作を読み、NHKドラマ版を視聴して
大変感動しましたので、映画版も期待
して公開当時劇場で鑑賞しましたが
全く期待外れで残念でした。
映画版は単に社会派ドラマで、内容の
薄い鑑賞後何も印象に残らない作品
でした。
俳優さんは皆さん実力派なのに。
NHKドラマ版は人間ドラマとして
優れた作品と思います。
現在動画配信やレンタルでの視聴は
出来ませんがDVDは購入可能です。
買って視聴する価値ある作品です。
予想したほど重くはない
面白かったです。
新聞社内での正義や信念と、上司との軋轢、売り上げからの縛り、他社との競争。
過酷な環境で、それでも負けずに働く姿に観てて胸が熱くなります。
むしろそこに視点を限定して描いても良かったのではないかと思いました。
親子の絆や、主人公自身が乗り越えなければならない壁、というものがあったために、
日航機事故を扱った骨太な社会派ドラマを期待していった身としては
思っていたよりも小さい話になってしまったと感じました。
原作は読んでません。
原作は主人公の成長的なものに重きを置いてあったとしたら
映画の作りも納得です。
ざんねん!
小説読んでから鑑賞したのが間違いだった…
役者さん達の演技は素晴らしかった。
特に滝藤賢一さん‼︎
生々しい墜落現場をみてしまい、精神を病んでしまうあの演技に圧倒されてしまった。
車の中で堤真一に現場の凄惨さを話している時、ずっと体を揺らしながら話す姿が、もうすでに精神的に参ってるということを物語っていて、それだけでどれだけ悲惨だったのか、私にも伝わってきた。
なのに、しょうもない上司たちに潰されてしまった…
本当に悲しい。
こんなにみんなの演技が素晴らしいのに、映像の切り替わりの雑さや脚本の下手くそさのせいで魅力半減。
もっと丁寧に脚本を練り、映像もこだわって作っていたらものすごく名作になっていただろうに…
原作が素晴らしいだけにとてもがっかりした。
星3.5の理由は、出演していた俳優さんの方々へ。
それがなければ星1です。
アナログ時代の新聞社は大変だった せっかくのとくだねも、地方紙ゆえ...
アナログ時代の新聞社は大変だった
せっかくのとくだねも、地方紙ゆえのビビりもあったのかもしれない。
堺雅人のあの記事のくだりは、何度観てもグっとくる
もう11年も前の映画なのかぁ....
事故の起こった地元の弱小新聞社の記者や編集者が、大手とどのように対抗し、どのようにあの事故を伝えたか? その経緯と葛藤を描く。
いい映画なんだけど、ただ、新聞社や新聞記者の世界の仕組みをわかってないと、
なんで社内でそんなに喧嘩してんの?、とか、
他の新聞社に何でそんなに出遅れてるの?
とかが、わかりにくいかもしれない。
ロクヨンと撮り方が一緒
ラストは飛行機墜落原因の裏取り情報を全権デスクへ電話連絡で伝える社会部記者が自身の直感を交えて報告した為、全権デスクがそれを信じてスクープネタを記事にせず、社主からお咎めを受けるお話し。
ラストシーンが主人公である全権デスクが恐怖心で冷静さを失う「クライマーズハイ」状態?でのタイトルなのかは意味不明。
豪華俳優人で構成され、展開も良い作品です。
混乱、そして失望。
日本人なら誰もが真摯に向き合わずにいられない惨劇の状況、その原因の追求、緊迫し混乱した報道の現場、複雑な人間関係、そして親子の和解……
日航機事故を依り代に様々なドラマが複雑に絡み合い、そしてほどけていく。
しかしあまりにも多くの要素で構成されるがあまり、ひとつひとつの描写が上っ面を撫でただけ。どこに感情を任せて良いかわからず、混乱させられた。
時折インサートされるPOV的なカットなど演出手法にも、なんら意味を見出せなかった。
なにより、苦楽を共にした同僚1人の死すら悼めない者達が、見知らぬ520人の死に向きあうことが出来るのだろうか。違和感を禁じえなかった。
役者の演技は素晴らしく、また題材が題材なだけに、残念な気持ちになりました。
原作を超える
今日、第2次大戦の映画「レイルウェイ」を見て、原作と映画との関係を考えた。「レイルウェイ」は原作よりも映画が面白いかどうかということを考えたわけではない(そもそも原作を読んでない)。個人としての戦争責任を問題にしている映画なので、その点に関する映画製作者の意識を問題視した。その時、実際の事件をどのように映画製作に取り込むかという意識の問題として、想起したのが「クライマーズ・ハイ」である。
日航機墜落事件を原作とした映画としては「沈まぬ太陽」とこの「クライマーズ・ハイ」が思い浮かぶ。「沈まぬ太陽」は日航という組織内の個人の問題が原作の主題で、映画もこれを踏襲している。「クライマーズ・ハイ」は新聞記者という斜めの角度からこの大事件を見ている点、原作・NHKドラマ・映画の三者に共通する。この視点は横山秀夫の原作に負う。しかし、映画は原作を超えた。しかも、映画は「新聞記者からみた」という原作の視点を愚直に維持して、そこを超えた。
最初に見たのはNHKドラマで、このドラマは登山場面が最も印象に残った。崖登りの途中で悠木が恐怖感に襲われる場面が強調して描かれていた。次に見たのが映画で、この映画は登山場面と新聞社での記事編集場面との切り替えが見事だった。NHKドラマで悠木が恐怖に身をすくめる崖登りの場面は、映画では悠木が新聞社内で「チェック、ダブルチェック」とつぶやきながら、特ダネ出稿を逡巡する場面と重ね合わせて描写されるのである。この「チェック、ダブルチェック」は原作にはない。映画での創作、おそらく監督、脚本双方を担当した原田真人の創作である。
しかも、この「チェック、ダブルチェック」は幼少期の悠木がパンパンの母親と進駐軍兵士がデートする場に連れられて行った映画館で放映されていた映画での新聞記者のセリフで、それが悠木の新聞記者として誇り、記事校閲の正確さに対する自戒のより所になっている。アメリカに負けて、アメリカに助けられて、ここまでやってきた日本の現実が悠木個人の人生の縮図と重なる場面である。このことは原作にない。映画では、日航機墜落の原因究明がアメリカの圧力に阻まれたことを暗示する描写が続くが、そのことを終戦直後の悠木の映画館での記憶や首相の靖国神社参拝(敗戦の記憶。原作にも出てくるが、原作では敗戦の記憶と有機的に関係させていない)まで関連させて描写した上、悠木の息子が白人と結婚する結末を用意して、ストーリー救済の出口を用意するなど、「クライマーズ・ハイ」は映画の社会的影響を考慮していたことを、「レイルウェイ」を見た後、思い起こした。
j普段何気なく読む新聞報道の裏で起きる群像劇の怖さがひしひしと!
私は、こう言うテーマの映画が大好きで、個人的に文句無く高得点を付けてしまいたくなる。
もともとこの映画の原作者は、ミステリー作家の横山秀夫氏の作品である。この横山氏の作家デビュー前の職は、本当の新聞記者だから、あの1985年に起きた我が国の最悪にして、最大の惨事となった飛行機事故をも実際に取材した経験があるのだろう。
新聞記者の内部事情に精通している彼ならではの、迫力のあるストーリー展開のお話だ。
事件を追う文屋さんの取材を進める過程で次第に明らかになる事件の真相。その真相を巡る過程で起こる記者たちの報道に対する真実を伝える事への正義と現実の社会の壁。どこまで自分達記者の記者魂を貫く事が出来るのか?もうワクワク、ドキドキ引き込まれる。
事件の追究と、報道の自由、マスコミの正義とマスコミ取材の限界・実際の事件を絡めたフィクション仕立ての社会派ミステリーに仕上げるのは、今回の作品は特に作家の記者としての実体験をふまえて描かれるストーリーであるだけに、しっかりとした細かい部分も描かれていて、リアリティー満点で、最もこの作家の得意とする部類の世界なのだろう。
そしてこの映画の監督も原田真人と言えば社会派の映画ではド迫力のパンチの効く監督だから、これで面白くない訳がない。
俳優陣も、堤真一・堺雅人・山崎努・みんな芝居達者で個性派揃いなこの映画、やっぱり観終わって、ハズレ無しの大満足でした!!
今から4半世紀も前の時代の地方新聞社、携帯電話も無ければ、メールも無いし、そんな時代でありながらも、時間が総ての勝負の勝敗を左右する事になる新聞業界での記者同志の取材合戦の闘いはいかに・・・!友情と対立、そして記者は何故命がけで真実を追求するのか?一人の人間として何故生きるのかと言う、生きる目的、価値、取材を通して体験する記者の生き様は、平凡な私にも、共感できる共通するテーマ。
「クライマーズハイ」とは山岳者の限界に挑戦する事で得られる自然な高揚感と言う、ナチュラルハイの状態の事だったのだと。どこまでも、ハードで限界を感じれば感じる程にチャレンジしてしまうと言う山男の生き方と記者の生き様が徐々に一つに重なっていく。
都会育ちの、甘ちゃんである自分には、限界に挑戦する事もそれ程無く、ユルユル生活体験者なだけに、この世界観には、魅了された。
しかし山に登るのは、時に降りるために登るというのも意味深なセリフだった。
どんなに上へ上へと頂上を目指し、より高い山を目指して登りつめても、必ずその上にはその上を征服している者が常にいると言うのも、上を極めた人だからこそ、リアルに伝わって来るセリフだった。
しかし、そんなに高く無くても、景色をゆるゆると楽しみながら生きていく道もあるのになあと考えてしまう私は、何処までのゆるゆるの人生だけど、この飛行機事故で本当に亡くなられた歌手の坂本九氏のヒット曲が「上を向いてあるこう」だったが、そこからこの物語は生れたのだろうか???
この物語の中心は、この航空機事故の取材をする記者側に特化した話で展開するので、あまり当時の現実の事故被害者の様子に意識が向かずに観てしまったけれど、実際には524名の方々が搭乗した飛行機の墜落事故で、これほどまでの大惨事は、日本ではそれまで無かった史上最悪のケースだろう。
犠牲者の方々のご冥福をお祈りし、人生は1度と言う事実を肝に銘じ、やはり私も日々を大切に、そして「上を向いてあるこう」と気持ちを改めて、我が人生の教訓としたい。
最後に、新聞記者のミステリー物語として興味深かった作品を記しておきます
「消されたヘッドライン」「大統領の陰謀」この2本は面白い!!うーんおまけで、「ザ・ペーパー」って言うロン・ハワード監督の映画も確かありましたが、これはコミカルな映画だったような印象しか残っていない気がする。
骨太で硬派な期待通りの作品
NHKのドラマ → 原作本 → 映画
この順番で、見させていただいた。
それくらい、大好きな作品で、
今回も、物凄く、期待していたし、楽しみにもしていた。
そして、期待に違わぬ、
人間ドラマを2時間強、堪能させてもらいました。
特に、好きで、心に焼きついたのは、
神社前での、堤さん・堺さん・尾野さんのシーン。
それぞれを1つのカメラで写していく
カメラワークも、心に残ったし、
それぞれのセリフのやりとりも、
登場人物それぞれの気持ちが入っていて、
泣いてしまうようなシーンではないと思うのですが、
なぜだが、涙が浮かんでしまいました。
それほどまでに、
登場人物達の気持ちであり、温度が伝わってきた。
大いに感動させてもらいましたが、
原作本を好きな私としては、
・新聞への投稿「大きい命、小さな命」の場面
・主人公の娘への恋を衝立岩で告げる場面
この2シーンは、省いて欲しくなかったです。
でも、今作の脚本には、原作者も、かなり
細かく口を出されたそうですし、残念ですが、
仕方のない気もします。本当に、伝えたいことが
散漫になってしまう危険は、高くなってしまいますからね。
観客、40以上らしき人が多かったのですが、
終演後、涙を浮かべている人、つまらなそうな人、
丁度、半々くらいでした。
原作を読んでいたから、
感情移入できたシーンも多々ありましたので、
もしかしたら、事前に読んでおいたほうが
よりもっと、映画を楽しめるかもしれません。
【補記】
「クライマーズハイ」を撮りたいのか
「日航ジャンボ機の事故」を撮りたいのか、
監督は、原作者から、このように尋ねられたそうです。
その答えが
この作品だと思うと、非常に頷けました。
「たぶん」「おそらく」は排除しろ
映画「クライマーズ・ハイ」(原田眞人監督)から。
新聞記者って、たしかに私の憧れの職業のひとつだった。
しかし、憧れだけで就いてはいけない職業だということも知っている。
時間に追われた仕事であり、迅速性だけでなく、
もちろん大前提の正確性も求められる職業であり、
情報の裏(事実確認)を取ることの大切さを
この作品を通して、あらためて教えていただいた気がする。
その典型的な表現が、記者たちから続々と入ってくる情報に
「『たぶん』『おそらく』は排除しろ!」と一喝したシーン。
さらに、記事を紙面に掲載する直前にも
「チェック・ダブルチェック」と口癖のように呟くシーン。
何気なく毎朝、毎夕読んでいる新聞は、こんなに苦労して作っていることを、
そして、現場の記者から自宅へ配達する部署まで、本当に多くの人たちが
「新聞」というメディアには関わっていることも知って欲しい。
明日から、もっと丁寧に新聞を読もう、と感じる作品でもあった。
新聞社の人間関係
個人的には大変よかったと思います。
これは御巣鷹山の日航空墜落事故を題材にしているマスコミ人の話です。
他社とのスクープ合戦。
社内では、上司からの圧力や他部署との意地の張り合いといった仕事の難しさ、理不尽さ。理想だけでは通らない。それを通すにはいろんな人と張り合っていかなくてはならない。
そんな人間関係がよく描かれてたと思います。
新聞記者だから伝えたいことがある。
でも新聞記者だからライバル紙よりも商売として勝たなくてはいけない。
それぞれ一物抱えた人間達が自分のプライドを守りながらひとつのものを作り上げていく。新聞社の仕事がリアルに伺える映画でした。
確かに事故のことや親子のことなど触れられていないシーンはありましたが、それは巧妙に空白にされているだけで十分理解できます。
それ以上にこの映画の良い点は報道のあり方やそのリアルな仕事ぶりを考えさせるところだと思います。
私はその仕事ぶりに興味を持っていて、日航空の墜落事故は単なるモチーフと考えながら映画館に行ったので、観終わったときもの凄く胸が熱くなりました。
すっきりしない
多分原作はいいんだろうなっと思いました。
描かれてない部分が多く、なんで?と思う箇所がいくつもありました。
宣伝では、御巣鷹山の事がメインのようになっていますが、
実際は新聞編集部の話です。
もちろん御巣鷹山の事を取材してるのですが・・・御巣鷹山の話を期待して行くと失敗しそうですね・・・。
俳優陣vs.演出
1985年、群馬県御巣鷹山で起きた日航機墜落事故。
今でも当時のニュース映像はしっかり記憶に残っている。
本当にものすごい事故だった…。
生存者が四名いたことが奇跡のように感じられたほど。
でも、この事故についてを描いた作品なのかというと…。
確かにそれをメインに扱ってはいるのだけれど、
あくまで舞台は北関東新聞社の内幕で、記者が主人公。
またもや原作は未読なので^^;比べようがないけれど、
既読の方の感想を読むと、私が「?」だった部分が一掃。
…やはり、相当部分が抜け落ちてしまっているようだ。
まず冒頭からして、チト分かりづらい。
現在と過去を並行させるつくりは珍しくないんだけど、
リアルに現実味を出そうとしたのか、すっ飛びまくり!?
息子との関係もそこそこに、突然同僚はクモ膜下で倒れ、
墜落事故がメインとなったら、また飛んで父親との関係、
部下との繋がりも描き出さないまま、記者達は山に入り、
ついには記事が間に合わない。そうなると今度は
「日赤大久保、日赤大久保」と念仏のように理由を唱える。
…うーん。この社の人間関係は原作を読んだ方が良さそう。
ある程度の年齢で^^;事件の背後が分かる世代ならいいが、
そうでない世代には、とっても不親切。
原田眞人監督の演出は、リアルな臨場感に長けているけど
人間の繋がりを丹念に描かないのが多いから、淡調で希薄。
どうしてもっと掘り下げて描かないんだろうか(常に謎…)
ドキュメンタリー狙いなのか?いや~それとも違うような。
事故機のことについても、社内での確執についても、
父と息子の関係についても、事実→回想→終了の繰返しで、
どんなに役者がアツく演じてくれていても、観ている側は、
あの人怒ってるけど、何で?みたいな感覚になってしまう。
泣かせてくれ~とか、感動的にしてくれ!というのではなく、
もっと丁寧に「人間」を描きましょうよ…というのかなぁ。
それとなんだか、テーマが定まっていなかった感もあります。
しかし、ほぼ出ずっぱり!で、大熱演の堤真一をはじめ、
そうそうたるメンバーが、とてもいい演技を見せているので
その演技合戦は観応え十分!!けっこうドキくドキハラハラ。
ここでもまた、それぞれの俳優に焦点を当てては、また次。
という感じが続くので^^;ちょっとイライラしましたけどね。。
観終えてみると、主人公が山(父親)を一つ乗り越えて、
自身が父親になれたことで、仕事麻痺していた感覚から脱し、
関係修復に乗り出す…という、自己再発見物語になっている。
いや~おそらく、原作は素晴らしいのだろうなと思いました。
事故の犠牲者やご遺族の方々に、どう映る作品なんだろう。
(事故の教訓、熱いブンヤ魂、遠憲のキレ度は抜群☆でした)
目を覆いたくなるテキトーな脚本。
1985年、乗客乗員524人を乗せた日航ジャンボ機が群馬県の御巣鷹山に墜落。この大事故の報道で全権デスクを任された群馬の地方新聞社の記者を主人公に、さまざまな人間模様を描くドラマだ。映画は2時間25分の長尺だが、どうでもいいラストの付けたしを除いて、退屈する暇もなく一気に見せる。しかし、不思議にもこの作品、訴えかけてくるものがほとんど何もないばかりか、これといって印象に残るシーンもない。舞台となる地方新聞社の編集の大部屋のセットはきっちりと造られているにもかかわらず、スクリーンからは箱庭のような編集フロアしか見えてこないのだ。何故なのだろうか。考えつつ、原作を読んでみて納得した。
この脚本は、映画の脚本ではないということだ。原作の重要なシテュエイションや人間描写をばっさりと切り落とし、時系列も関係なくご都合主義の如く人物の行動を合体させている。結果、テレビのトレンディドラマ風のローラーコースタードラマが出来上がったというわけだ。見終えて何も残らないのは当然のこと。台詞が聞き取りにくいとかなんとかいう以前の問題である。
最初に登場する販売部の安西(高島政宏)だが、彼の人物像は映画ではほとんど浮かび上がってこない。そのため、原作同様に何度も挿入される、主人公悠木(堤真一)と安西の息子燐太郎(小沢征悦)の登攀シーンがほとんど意味を失い浮いてしまっている。悠木との関係が何も知らされないからだ。映画での安西の存在の意味は、社長のセクハラの始末役であり、これは原作と全く違う。原作では、映画にはない専務の存在があり、会社の経営を巡る社長と専務の確執の中に、安西は巻き込まれている。映画ではこのシテュエイションをばっさり切り落としたため、社長(山崎努)は下品さだけが目立つ薄っぺらい人物として描かれる。
悠木の家庭も同様で、妻や娘の存在が切り落とされたため、人物自体の奥行きがなくなっている。登攀シーンのラストで突然息子が打ったハーケンが登場しても、いったい何のことやら。また、部下を怒鳴りつけて取り返しのつかないことになった過去さえなくなり、それが御巣鷹山に登った記者神沢にすり替えられているのだが、この部分はどうしようもない脚本の中でも、あまりに酷すぎる。カーッと頭に血が上って、社を走り出て車に轢かれるなんざ、リアリズムもクソもなく、新聞記者への冒涜だといってもいいだろう。これをそのまま演出する監督も監督なのだが。
こうして書き出せばきりがないが、ことほどさように映画全体に重みがない。編集部の人間同士の確執にも全く深みが感じられない。そんな中で、どうにか新聞記者の雰囲気を演じて見せてくれたのは社会部長を演じた遠藤憲一くらいか。常に格好良く胸を張って歩く堤真一は、ほとんど新聞記者には見えなかったし、いつもポロシャツ(1985年当時ならまだインだろう)といういでたちもかなり気になった。ビリー・ワイルダーの映画からもらったというドラマのキーを握る台詞「チェック、ダブルチェック」も浮きまくり、全権デスクとしての悠木のギリギリの決断も軽く流れてしまう。映研学生の自主映画じゃあるまいし、あまりに稚拙すぎてお話にならない。ワイルダーも天国で失笑していることだろう。
ラストに付けたしたニュージーランドのシーンには正直しらけてしまった。もちろん原作にはなく、製作予算が余ったから海外にでも行きましょうかといった感さえあるどうでもいいシーンだ。原作では、ラスト近くに編集部屋を舞台に、1通の投書の掲載を巡って、悠木が社長に追い詰められる場面があり、ここではからずも2度にわたり私は涙を流した。しかし、映画では一度も涙を流すことはなかった。たしかに2時間25分を一気に見せるものの、中身はまるで砂上の楼閣そのもの。クール替わりの時期に放映するスペシャルドラマならまだしも、劇場で公開するほどの作品ではない。創作という意味において、原田真人の映画に対するアプローチには大いに疑問を感じる。
もう1回みたい!
5/25(月)ヤクルトホール試写会にて。
横山秀夫の作品のファンで、映画作品を見るのは2作品目です(「半落ち」をみました)。横山作品は細かい登場人物の心の動きが大事なのですが、それがよく映画で表現できているなぁと思う。現在と、JAL日航機墜落で全権として担当した場面については、違和感なく入り込めた。
ただちょっと残念だったのがホールのせいなのか、最初の大事な安西と悠木のやりとりのセリフが聞き取りづらかった(一緒にいった友人も言っていた)。また、安西とのやりとりが少なかったのと、悠木の家族の描写が少なかったこと。
最後に泣かせる部分もスケールが大きすぎて、本では泣いたが映画では泣けなかった。
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