クライマーズ・ハイのレビュー・感想・評価
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作品全体に帯びる熱量が凄い。
○作品全体
『クライマーズ・ハイ』という作品タイトルが示すとおり、異常な熱量に満ちた作品だ。新聞社の皆が地元紙という劣等感を抱きつつ、だからこその矜持を見せつけようとする。冷めた視線で見てしまえばフィクションっぽい熱量なんだけど、ダイアログとカット割のテンポ感が気持ちよくて、熱量に乗せてくれるのが楽しい。
正直、主人公・悠木の物語とするには描写不足が否めない。悠木の生い立ちと北関東新聞社を結びつけるものも縁故と地元社である、という部分だけで地元社の矜持を悠木はどこから育んだのかという点は浅い。安西と悠木という要素も「山とヤマ」を印象づけるために使っているが、安西との出会いによって悠木が影響を及ぼされた描写は少ない。
ただ、一方でこの描写不足によって強調されるものもあった。それが新聞社の熱量という部分。集団としての物語として捉えるならば、悠木に固執しなかったことで上層部や他部署との駆け引きや登場人物それぞれの情熱は饒舌に語られる。これに圧倒された。
スクープをすっぱ抜いたわけでもなく、明確なゴールがあったわけではない。悠木が登頂後に息子へ会いに行くように一つの山を超えて、また別の山を超えていこうと繰り返すのも自分自身の仕事や人生ともシンクロした。だからか、視聴後にあったのは自分自身とこの熱量たちを重ねたうえでの、熱量への羨望だった。
○カメラワークとか
・見出しを決める局長室でのシーンや玉置へ佐山を帯同させることを告げるシーンで用いられる画面ブレ、フォーカスブレ、カット割が印象的。局長室のシーンは特に良かった。外からも内からも撮っていく。ドキュメンタリーチックな定点的なカットを間に挟んでカット割りに緩急を作っていた。登場人物にアップする緊張感と定点的な客観的なカットの緊張感が両立している感じがして面白い。フォーカスをブラしたりブレカットを作っていたのも同じ理由かな。登場人物が意図せず動いている(ように見せる)演出。
・御巣鷹山から下山直後、円卓で佐山が現場雑感を書いて少し落ち着くシーンのカメラワークが面白い。円卓の真ん中にカメラを置いて360度カメラを回すっていうカット。呆然と立ち尽くす神沢を映したところからスタートして後ろからやってきた玉置にフォローパン、180度カメラを回して悠木のもとへ相談する姿を映す。そのまま反対側からやってきた佐山が現場雑感を渡し、「書いたら少し落ち着きました」と言って去っていく。この佐山をフォローパンするとちょうど360度カメラが回るんだけど、そこにいるのは未だ立ち尽くした神沢。
カメラワークのアイデア自体も良いし、ここがなにより面白いのは神沢だけがなにもできず、取り残されていることが強調されているところ。玉置は事故原因という新たなヤマを手に入れ躍起になっているし、悠木は目下指揮中。そしてさっきまで神沢と一緒に憔悴していた佐山は先に正気を取り戻し、残されたのは神沢だけ、という状況を作る。これが巧い。
しっかりと言葉にできた佐山。うまく言葉にできず、それでも必死に書き起こした言葉に「これじゃ使えない」と突き放される神沢。二人の行く末はここから既に違っていた。
○その他
・この作品の一番好きな部分はキャラクターだ。トップ3が凄くキャラが立ってるし、なにかと悠木と喧嘩する田沢も良い。田沢と岸が粕谷と追村の注意を向けさせて、悠木が等々力と直談判するシーンが一番好き。敵対していたライバルキャラである田沢が味方に回る心強さ。直談判に至るまでの立ち回り、空気の読み合った連携も面白い。
誰よりも記者の顔になっていた堺雅人
2008年、丸の内TOEIで行われたマスコミ完成披露試写会で鑑賞。
観た直後は、細かい描写について色々思うところがあったのが、その後、何度となく観直していくうちに、個人的に原田眞人監督作のなかでは突出した出来栄えの作品と感じるようになった。
横山秀夫の素晴らしい原作ありきなのはもちろんだが、堤真一とともに作品をグイグイ牽引していったのが堺雅人だった。この作品の堺は、完全にロックオンされた状態で、日航機墜落の現場を取材して眼光が別人になってしまった姿は、今でも目を閉じればすぐに浮かんでくる。
1985年・・・もうすぐ40年なんですね。
日航機墜落事故を取材する地方紙記者の奮闘を描く物語。
BS/CSで度々放送されていて気になっていた作品ですが、WOWOW放送を期に鑑賞。
期待に違わぬ良作でした。
地方新聞に、突然湧いてきた墜落事故。特ダネの高揚とプレッシャー、そして多くの・・・無惨な人の死の狭間で、記者たちは苦悩していきます。
「営業と編集」「世代間」等の会社内での軋轢も描き、物語に厚みをもたらせます。
日航機墜落事故を描くに相応しい、重厚な社会派ドラマだったと思います。
上映時間145分はかなりの長編ですが、それでも詰め込み過ぎに感じられたのは残念なところ。
例えば、主人公とその息子。息子との不和を想像させるエピローグになっていますが、本編ではその描写は一切なく、戸惑いを覚えます。
中途半端にしか描けない部分は、思い切って端折った方が完成度は上がったように思います。多少、余韻は薄くなるかもしれませんが・・・
私的評価は4にしました。
テレビ放送の録画をたまたま8/12に再生して観ました。 滝藤さ...
テレビ放送の録画をたまたま8/12に再生して観ました。
滝藤さんのくだりが、やはりという感じですが胸が痛みます。高島さんの話はもう少し時間が欲しかったかなと感じました。
重くなりそうな素材を登山を通して進んで行くのが良いです。
今日も過去のDVDから適当にチョイス。
若し頃の堤&堺さんです。その他のキャストさんも皆様、名バイプレイヤーです。
誰一人かけてはならないキャストな感覚です。
この映画を通して、新聞業界のすさまじさを感じました。
今でこそ、紙離れしてしまいましたが、一世風靡していた頃は皆ハンパな気持ちで
事件を追っていたのではない競争の世界を感じます。
そして、その中でも堤さん演じる、悠木さんの人間味のある部分が光っています。
何度みても良い作品です!
迫真の演技とカメラワーク
この映画の扱うテーマは1985年8月の日航ジャンボ機墜落事故。当時まだ子供だったが、リアルタイムでテレビ報道を見た衝撃を覚えている。
社会人になって一時期空港に関わる仕事をしたことがあり、縁あって日航の安全啓発センター(羽田空港)を見学させて頂いた。また、1年だけだったが群馬県にも住んだことがある。そうした個人的な経験もあり、この映画に関心があった。
映画は事故そのものではなく、それを取材し、記事にする地元新聞社員たちの激動の日々をドキュメンタリータッチに描く。時折、谷川岳登山や、事故に関連する現場の場面が出てくるが、大半が新聞社の編集局という1フロア内での出来事だ。
まず圧倒されるのが、俳優達の演技の熱量。堤真一、堺雅人、尾野真千子、遠藤憲一、でんでん等の実力派が、未曾有の大事故を地元新聞の威信をかけて記事にするという意気込みを迫真の演技で伝えてくる。言葉と体の動きに熱を帯びている。
そしてその演技を追うカメラワーク。あたかも自分が現場に居合わせた目撃者になったかのように、目線に合わせて画面がブンブン動き、ときに引きの画、ときにクローズアップ。そのスピードも速い。このカメラワークが緊迫感を更に引き上げる。
クライマックスで、主人公悠木(堤真一)は決断を迫られる。確実な裏取りなしでスクープを打つか、打たないか・・・。ヒートアップする編集局内で「クライマーズハイ」状態になりそうな自分を必死に抑え、「チェック・ダブルチェック」と繰り返し唱えて出した結論・・・。
事件・事故報道のあり方、社内政治、プロフェッショナリズムといった社会的な問題を提起するような作品ではあるが、やはり俳優達の演技とカメラワークの秀逸さに映画としての完成度の高さを感じた。
最後に。賛否はあるかもしれないが、この大事故を風化させないためにも、この映画をこれからも繰り返し再放送してほしいと願う(2023年夏NHKBSで視聴。2024年5月再視聴)。
日航機墜落事故と地方新聞社を題材にした「スポ根」
堤真一演じる主人公悠木は群馬の地方新聞の男性新聞記者です。趣味は山登り、仕事熱心過ぎたのか妻と息子とは別居状態、上司にもズケズケと思ったことを口にする「熱い」男、若い記者達からは尊敬されている様子、遊軍記者という立場の中間管理職、という設定です。
日本航空123便墜落事故発生を受けて、彼は社長から「全権デスク」に指名されます。一地方新聞社にとっては空前絶後の大事故であり、社内のテンションは異様に高揚していきます。
独裁的な社長、過去の栄光にすがる上司たち、自分たちの都合を優先する販売部や広告部の奴ら、中央の大新聞への対抗心、自身の生い立ちに関する引け目、友人の病気と部下の事故死、困難かつ複雑な状況の中、奮闘する主人公。
「チェック&ダブルチェック」「特ダネと誤報」「若い記者をスターに」「中央の新聞にできない住民によりそった報道」「局長賞」「新聞協会賞」彼のセリフからは地方新聞社の記者としての矜持、こだわり、意地が伝わってきます。
そんな主人公は、せっかく部下が体を張って掴んだ特ダネを、周囲の反対を押し切りボツにします。お祭り騒ぎに巻き込まれずに冷静に判断を下した主人公、偉い!ということなのか?どんなときも自分の原理原則に忠実な主人公すてき!ということなのか?結果的に特ダネは大新聞に持っていかれます。特ダネを掴んだ部下は彼に食って掛かることもなく、なぜか彼の判断を支持します。映画の山場に当たるこの一連のシークエンスが、全く理解できませんでした。映画の冒頭、現場に足を運んだ部下の記事を1面に載せさせなかった上司を彼は散々批判したのに、同じ過ちをしてしまったのではないでしょうか。彼の判断をどう評価していいのかわかりません。
起こった事件は未曾有の大事故なのに、それはただの背景でしかありません。本作のほとんどのシーンは「社内」という閉鎖空間のsmall worldの中。独裁者である社長の不正義に対して彼らは無力です。彼らが議論するのは新聞読者にはどうでもいいような「内部の論理」。事故の悲惨さに比べたら彼らの事情や虚栄心などもうどうでもいいほどちっぽけです。主人公や部下たちが奮闘すればするほど、彼らの行為や主張が「小さく」見えてきてしまいます。それに比べ、間に挟まれる登山のシーンの人物は「大きく」感じます。
本作は「報道の客観性、正確性、速報性の問題」「災害や事故現場における報道倫理や安全性」「権力への忖度」などマスコミの問題点や暗部には全く切り込みません。監督はこの映画でなにを描きたかったのでしょうか。社会派映画というよりも、まるで「スポ根」を見てるようでした。
1985年、日本航空123便墜落事故
1990年、普賢岳噴火の過熱報道による被害の拡大
2008️年、本作公開
2023年、BBCによるジャニーズ性被害報道
わが国のマスコミは数々の失態を繰り返しています。
「内部の論理」に縛られた日本のマスコミが抱える問題点の原型が本作の中には描かれているのに、残念ながらそれはメインテーマではありませんでした。
中途半端な終わり方
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日航機事故の際の群馬県の新聞の記者達の話。
熱血新聞記者の堤が一面を日航機のものにしようと命をかけて奔走。
そのために勝手に広告をなくしたり、無茶もする。
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地元なんやから全国紙に負けるかって感じがよく出ている。
でも結局テーマがよう分からんかったわ。
史実に基づいてるからってのもあるんやろうとは思うけど、
熱血取材で事故原因を突き止めたのに二の足を踏んでしまい、
その結果全国紙に先を越されて報道されてしまう。
さあじゃあここからどうやって巻き返すのかと思ったら、
堤が長年会いに行かなかった海外の息子に会いに言って突然終了。
そこは二の足を踏まずに頑張って行ったってことなんやろうけど、
そんなエピソードはどうでも良くて、肝心の新聞の話は?
8月半ばに鑑賞することの重み。事故を忘れない。
堤さんが適役。脇をかためるでんでん、マギー、遠藤憲一、売れ始めた滝藤賢一、そして堺雅人がフレッシュだ。
出番は少ないが高島政伸、小澤征悦も。
山崎努扮する社長はちょっと理解不能。
私事だが当時の新聞記事(全国紙)に亡くなられた方の顔写真がのっており、映画で最後にでてくる遺書のことも強烈に覚えていて泣ける。
NHKドラマ版がよい
横山秀夫原作「クライマーズハイ」の
映画版ですが、2005年放送NHKドラマ版
もあります。
個人の感想ですが、ドラマ版の方が
よいです。
主人公悠木は佐藤浩市です。
映画版は主要登場人物の悠木の元部下
望月亮太と従妹望月彩子が登場しません。
したがって物語のクライマックスにある
「命の重さについて」がなくなって
物語の趣旨も感動もありません。
原作を読み、NHKドラマ版を視聴して
大変感動しましたので、映画版も期待
して公開当時劇場で鑑賞しましたが
全く期待外れで残念でした。
映画版は単に社会派ドラマで、内容の
薄い鑑賞後何も印象に残らない作品
でした。
俳優さんは皆さん実力派なのに。
NHKドラマ版は人間ドラマとして
優れた作品と思います。
現在動画配信やレンタルでの視聴は
出来ませんがDVDは購入可能です。
買って視聴する価値ある作品です。
一言「面白かったけどなあ・・・」
原作を読んだのは遥か昔なので、新たな気持ちで鑑賞。
1985年当時、ネットも携帯電話もない。
県警記者が「どうやら飛行機が墜落した、らしい」と掴んだネタを。
そこから山を登り、借りた無線機で記事を口頭で伝える。
その記事を仕上げていく様が、昭和テイスト満載。
泥臭い駆け引きなんかもあったりして。
あっという間に2時間半、終わっちゃいました。
共演陣も実力派揃い・めちゃ豪華でした。
ただ。
主人公の現在の話の中で、回想シーンとして作られているので。
個人的には、新聞社だけの方が、映画的にはすっきりしていたような気も。
⭐️今日のマーカーワード⭐️
「とことんやる。それが地元誌の存在意義」
新聞人の誇りをかけた戦い
堤真一扮する北関東新聞社悠木和雅は、息子をジャンボに乗せるべく飛行場に行った。その後日航123便がレーダーから消えたと言う一報が来た。悠木は日航墜落事故担当全権デスクを命ぜられた。
いきなり起きた最大の飛行場事故に地元新聞社は沸き立つ。しかし現場の状況がわからずいきり立つデスク。社内でも意見の相違がありながら突っ込む悠木。現場雑感に命をかける堺雅人扮する佐山達哉。悲惨な事故を如何に伝えるか。新聞人の誇りをかけた戦いは凄いね。社内営業もデスクとしては重要な要素だね。
あれやこれやと、
「本題」にもっと焦点を当ててほしかったけど、いや、「本題」がなんだったのか、家族のことやら新聞社内のことやら、記者のことやら山登りやら、いろいろ背景や情報が多すぎた感もあったかなあ、と。
奮闘した記者の話まではよかったけど、社内のゴタゴタの方にもうんざりしつつ気が散るかんじで。
後半の後半はおもしろくもなったけど、無意味なような岩登りのシーンが短く挟まるのも不可解、なんの効果の意図なんだろう。
そういう映画だったなのかもしれないし自分が勝手に期待してただけだけど、もうちょっとシンプルに「本題」にまとめる内容ならもっとよかったのに、と個人的には思ったかなあ。
予想したほど重くはない
面白かったです。
新聞社内での正義や信念と、上司との軋轢、売り上げからの縛り、他社との競争。
過酷な環境で、それでも負けずに働く姿に観てて胸が熱くなります。
むしろそこに視点を限定して描いても良かったのではないかと思いました。
親子の絆や、主人公自身が乗り越えなければならない壁、というものがあったために、
日航機事故を扱った骨太な社会派ドラマを期待していった身としては
思っていたよりも小さい話になってしまったと感じました。
原作は読んでません。
原作は主人公の成長的なものに重きを置いてあったとしたら
映画の作りも納得です。
描かないことで浮かび上がる狂気
日航機墜落という空前絶後の大事故に立ち会った地方紙職員たちの報道をめぐる既得権益とプライドのぶつかり合いを鬼気迫るカッティングで描き出した「ジョブもの」の快作、と見せかけた異常者たちの狂宴だった。
物語は保守的な上層部vs革新的な若手という対立軸に沿って展開していくが、本作はこの単純な構図をもってしてマスコミ批判を展開しようなどという稚拙な試みには出ない。もちろん「どちらにも言い分はある」的な安っぽい相対主義に逃げることもない。そうではなく、本作は「外側」を徹底的に描かないことによってマスコミの独善性・閉鎖性を浮き彫りにした。
日航機墜落事故の全権デスクを請け負った悠木。彼は上層部や販売局の圧力を振り切りながら、事故当事"県"の地方紙としての意地を見せようと奮闘する。無論そこには朝日、毎日、読売といった大手紙に先んじられてなるものか、というルサンチマンが内在している。とはいえはじめこそ懐疑的だった周囲の同僚や部下たちも、情報を誰よりも先に届けるためなら土下座や退職も辞さない悠木のマスコミ魂に次第に呼応していく。
しかし先述の通り、本作は単なる爽快な「ジョブもの」とは様相を異にしている。劇中で悠木らはことあるごとに「報道の責務」や「情報を心待ちにする読者」といった外部からの期待をカンフル剤のように行使するのだが、それらの当事者は不気味なほどに映し出されない。悠木たちが手掛けた紙面が実際にどう受容されているのかという点に関して、本作は徹底的に沈黙を決め込む。初日の記者雑観が翌日の紙面に載らないことは、あるいは遺族のもとに朝一番で事故原因についての情報が届けられないことは、受け手にとって本当にフェータルなできごとなのか?もっといえば、ライバル紙の記者や関係者も出てこない。彼らの存在は「◯◯新聞がスクープを抜いたらしい」といった局内の口伝情報の中にしか存在しない。つまり悠木たちの価値観はどこまでも北関東新聞社の狭隘なオフィスに局限されており、外部がない。
受け手の存在を完全に度外視したまま際限なく加速していく悠木たちの「マスコミ魂」は、次第に実感覚を遊離した独善的・閉鎖的なものへと変貌していく。物語の傍流を成す登山のシークエンスはそれを強烈に詰る。登山というどこまでもパーソナルな営為に容赦なくモンタージュされる悠木たちの奮闘ぶり。それはあたかもマスコミの根本的な独善性・閉鎖性のアレゴリーであるかのようだ。
本作の参照元である『地獄の英雄』では、落盤事故というセンセーショナリズムに取り憑かれた新聞記者が大衆の愚かさや死の厳粛さを目の当たりにしたことを契機に倫理へと目覚めていくという筋立てだったが、一方で本作はそもそも外部が欠落しているのだから反省する手立てすらない。悠木らはいつまでも蜃気楼に霞んだ「読者」という山頂を指差し、空疎だがやたら熱気のこもった登攀を続けていくのだろう。
撮影技術に関していえば、ヒッチコックの『汚名』以上に細かく刻むカッティングが印象的だった。本編の半分くらいがオフィスの中で展開されるような動きの少ない映画こそ撮影や編集の腕の見せ所だが、やりすぎは禁物。本作はその辺の塩梅がちょうどよく、技法だけが悪目立ちしている感じがあまりしなかった。
ざんねん!
小説読んでから鑑賞したのが間違いだった…
役者さん達の演技は素晴らしかった。
特に滝藤賢一さん‼︎
生々しい墜落現場をみてしまい、精神を病んでしまうあの演技に圧倒されてしまった。
車の中で堤真一に現場の凄惨さを話している時、ずっと体を揺らしながら話す姿が、もうすでに精神的に参ってるということを物語っていて、それだけでどれだけ悲惨だったのか、私にも伝わってきた。
なのに、しょうもない上司たちに潰されてしまった…
本当に悲しい。
こんなにみんなの演技が素晴らしいのに、映像の切り替わりの雑さや脚本の下手くそさのせいで魅力半減。
もっと丁寧に脚本を練り、映像もこだわって作っていたらものすごく名作になっていただろうに…
原作が素晴らしいだけにとてもがっかりした。
星3.5の理由は、出演していた俳優さんの方々へ。
それがなければ星1です。
完璧な確証が得られなければ、行動しない勇気を持て
日本の安全神話もすっかり霞んで今は昔の感がある。安全神話崩壊の起点となった事故の一つとして1985年の日航機墜落事故が思い起こされる。本作は、この事故の原因究明に挑む地元新聞記者達の苦闘を描いた群像劇である。
他社より早く正確に事故の真実を伝えるために記者達は奔走する。そして、遂に事故原因を暴き出すのだが、完璧な確証が得られず、記事にすることを断念する。事故担当の全権デスクだった主人公・悠木(堤真一)は辞職する。事故発生直後から記者達は満身創痍となり、その心身は極限状態に達するが、彼らは高揚していく。クライマーズハイと言われる症状の様に。
本作では、新聞社、新聞記者達は真実を追求する正義の味方としてだけでは描かない。締め切りに追い立てられながら懸命な取材をする記者達の奮闘を描く一方で、記事よりも広告欄への重視、地元選出の政治家への配慮など、利益を追求する企業としての側面も赤裸々に抉っていく。
また、本作は前述の本筋ストーリーに、辞職後の主人公が亡き友人の子供と登山するストーリーが同時進行していくのだが、両ストーリーが巧く噛み合っているとは言い難い。本筋ストーリーのみでも十分であると感じた。
全篇を通して、臨場感、迫力のある作品であるが、ラストに違和感を覚えた。事故原因に辿り着きながら、記事にしないことを選択するというラストから発信されるメッセージが分からなかった。
そこで本作を丁寧に振り返ってみた結果、主人公が繰り返した「チェック、ダブルチェック」という言葉は新聞記事ばかりではなく事故に対しても投げ掛けられたものだとの解釈に至った。
周到、愚直なチェック(事前点検)をすれば事故は防止できる。本作は、大スクープを断念するラストを通して、事故防止におけるチェックの重要性を我々に強く問い掛けている。
「完璧な確証が得られなければ、行動しない勇気を持て」である。
人生五本の指に入る作品。
J:COMでやっていて、かなり久しぶりに見返した。3回目くらいだろうか。何度見ても涙が出るし、入り込むし、夢中になる。歴史に残る大事件の、記者からの視点。そこにはこちらは想像もできない攻防があり、葛藤があり、戦いがあった。
全88件中、1~20件目を表示