劇場公開日 2008年10月11日

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「三原監督のテーマは「人間の絆」。今年No.1作品にほぼ確定している『おくりびと』に勝るとも劣らない、登場人物の絆の描き方は、大いにお勧めしたいと思います。」しあわせのかおり 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0三原監督のテーマは「人間の絆」。今年No.1作品にほぼ確定している『おくりびと』に勝るとも劣らない、登場人物の絆の描き方は、大いにお勧めしたいと思います。

2008年11月2日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 大げさではないけれど、本作は監督生命をかけて、三原監督が映像で「しあわせのかおり」をいかに表現するのか取り組んだ作品といえます。
 いい響きのタイトルですが、皆さんも「しあわせのかおり」って考えてみてください。幸せの香りって、どのような香しさでしょうか。
 それを三原監督は、約70品目の料理を作るビジュアルと、調理の音。そして作る人、食べる人のそれぞれに仕込ませたエピソードと演じる役者への演出、演技で完璧に表現できたと思います。
 確かに、書き下ろされた脚本は起伏が少ないシンプルなストーリーです。でも、台詞をかなり絞り込んである分、じっくりと演技で魅せる作品であると思います。
 三原監督のテーマは「人間の絆」。今年No.1作品にほぼ確定している『おくりびと』に勝るとも劣らない、登場人物の絆の描き方は、大いにお勧めしたいと思います。
 見ているだけで、ぷーんと美味しいものと心が満たされた満足感がスクリーンから観客へ漂ってきて、幸せを五感で味わせてくれた作品でした。

 まずはこの作品、店主の王さん役を演じる藤竜也が、いいです。少し中国人訛りのあるところがすごくリアル。しかも一度厨房に立ち、眼光鋭く料理に取り組む表情は、かつて一流店を仕切っていた料理人の威厳が滲んでいました。
 また、脳梗塞で倒れて、利き腕が聞かなくなったとき見せる、鍋が振れない苛立ち。そして、たどたどしい歩き方。
 そして、弟子となった貴子を見つめる温かい目。故郷の上海で見せる寛いだ表情。そのどれもが王さんがスクリーンの中で実在しているのではないかと思えるくらい存在感がありました。

 本作では、貴子を演じた中谷美紀の演技の方に評価が集中しています。泣きの演技が受けているようです。でも子供と引き裂かれて落ち込むとき、もっと泣き叫んでも良かったのではないでしょうか。
 そのときのシーン、王さんが貴子の手のひらに「幸福」と指で文字を書いて、これを受け取りなさい。そうすれば、あなた幸福になりますよと励ますという、まるでおくりびとの「重い石」のようなところが出てきます。
 そのときの中谷が見せる文字を受け取る仕草とほっと顔つきを変え、癒されたところは実感が籠もっていましたね。
 涙といえば、師匠の故郷である上海紹興へ共に旅したとき、王さんが中国語で村人たちに、自分の娘だと紹介していたことを、後で通訳の人から訳してもらって知り涙ぐむところもよかったです。

 実は、この師弟にはそれぞれ悲しい過去があったのです。王さんは疫病で妻と娘を亡くしていたし、貴子にも料理人だった父の面影を王さんに偲んでいたのでした。
 最初はぎこちない名人とずぶの素人の関係が、急速に実の親子になっていったのは、こうした互いの心の中に寂しさがあったからです。

 ラストでは、ふたりは並んで厨房に立ちます。湯気が立ち上る調理シーンに、お互いの家族の在りしシーンがかぶっていきます。それは王さんの料理の原点である「みんなにしあわせをもたらす料理」とは何なのか、無言で語りかけてくるようで、泣けてきました。
 藤も中谷も、劇中鮮やかな包丁さばきと、リズミカルな鍋振りを披露します。これは吹き替えなしの猛特訓のたまものとか。
 劇中の貴子の特訓ぶりから、ふたりの演技の大変さが偲ばれました。

 あと料理するところもたっぷり時間をとってカット割りしているので、くれぐれも空腹で見に行かないように。見ているうちに、すごくお腹が空きますよ。
 あと中華料理の秘訣も劇中王さんがこっそり教えてくれます(._.) φ メモメモ。

流山の小地蔵