ツリー・オブ・ライフのレビュー・感想・評価
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覚悟せよ。
この映画については、自前のブログでも、某映画サイト(Xxxxx!映画)でも感想を書いたが、ネットやその他で様々な感想を聴く内さらに言いたいことが沢山できた。レビューの精神から外れた愚痴になるかもしれないが御勘弁を。
本作は…陳腐な言い方だけど…非常に芸術的で、片やエポックメイキングな映画、片や完膚無きまでに理解不可能な愚作と、半々に分かれることは、絶対に不可避であろう。
その理由は、理解の仕方が無限に有りすぎて、あるいは理解の対象が余りに巨大で、結果として理解を拒むという印象を持たれたという所か。
要は理解が出来ない映画に対するスタンスの違いだ。僕はたまたまそう言った映画も好きかどうかは兎に角、嫌いじゃないし、深く感情の揺らぎを覚えてこの点数にしてるだけで…
前述のサイトは、あくまで私感だが「映画は娯楽だ、それ以外は有り得ん」といったスタンスの人が全体的に多く、故に本作の感想の三分の二は否定的な意見だ。…あ〜待って!否定が駄目と言うのではない。「自分には分からないから、他の人の感想が楽しみだ」といった穏やかな人もいれば、「0点は無いのか」「単館でやれ」「人生最悪」といった怒り心頭の人、酷いと「長々書いて誉めてる奴は全員配給会社の回し者だ!」という、心から作品を評価してる人からしちゃ全く不本意な嘲罵をかます人も。
そこら辺の言及は止すとして…しかし、こんな毀誉褒貶入り乱れる感想を観る内に、はたと気付く。誉める人も、貶す人も、皆躍起になっているみたいだ。まるでモノリスを取り囲む猿達のように。生身の感情が引きずり出される。茫然とした顔で「先生流石です」と顔を少し赤らめる人々の横で「おい、あの評論家気取りどもを焼き殺せ!」という怒号も聞こえる。そんなchaosな状況は始めてだ。
皆本気でぶつかり、それなりの感触を得て、感情の進むように感想を書く。型破りの作品の前に為す術無く立ち尽くし解釈を急いだり、感覚に任せたり、無性に腹が立ったりする。(型破り≠素晴らしい)
こんな型破りを何食わぬ顔でかますテレンス・マリックにはほとほと感心だ。きっと毀誉褒貶の嵐を見て、微笑しているのだろう。こんな物をマジに作るなんて狂気のような物すら感じる。
映画は娯楽だと言う人、映画を観て少しでも損をしたくない人は、観ない方が良い。それでも観ようという人は、覚悟を…映画を見終わった時から、貴方はテレンス・マリックの掌の上にいるのだ。
語り継がれる映画
テレンス・マリック監督最新作、ブラッド・ピット×ショーン・ペン共演、カンヌ映画祭パルムドール…話題には事欠かない“話題作”。
テレンス・マリックの映画なので、どんな映画かある程度覚悟して観に行ったら…
期待通りの映画だった。
期待通り、難解、哲学的、見る人を選ぶ映画だった。
おそらく、映画の半分も理解出来ていないだろう。
ホームドラマかと思いきや、話が一気に宇宙へ、あらゆる“生命”の誕生へと飛ぶ。
確かに難解で最初は苦労したが、その圧倒的な映像世界に徐々に魅了されていった。
映像で見せ、後は見る者に委ねる…そんな映画は最近無く、「2001年宇宙の旅」を思い出した。
ホームドラマと宇宙、生命の誕生…何の関連も無いように思えるが、そうではない。
宇宙の始まりと共にあらゆる生命が生まれ、並行して生きていく。
宇宙という大きな生命と人間という小さな生命。
どれも生命には変わりない。
それを圧倒的な映像で表現したテレンス・マリック、やはり伝説的だ。
おそらくこの映画、何年経っても答えは出ないだろう。
でも、「2001年宇宙の旅」もそうやって語り継がれて来た。
最近は答えが簡単に出る映画や分かり易い映画が多い。
そんな中で、こんな映画があってもイイ。
難解、考えながら観る映画
とにかく難解だった。
なんで次男が亡くなったのか、展開がよくわからない。
映像は確かに高評価されるかもしれないけど
台詞も極端に少ないから余計に考えながら観てしまう。
運命、生命、家族というテーマを投げかけられ
自分に投影しながら観ると100通りの感想が生まれそう。
でも一回観れば十分かな。
命の円環
難しい。分からないです。
鑑賞後は、その難解さに降伏した心持ちで、でもどこか心地の良い眩暈に陥ったみたいな、浮遊したみたいな感覚で、フラフラと劇場を去りました。
これって、何なんですかね。正直言って、訳は分からないです。
“拒絶か賞賛か”―極論的に賛否分かつ映画だな、と。
自分はまあ…開始から程なくして、突如始まる“在る”映像の圧倒的なアウターゾーンの洪水に、最初戸惑いはしたものの…そこから先、否定の感情も湧かず、没頭していったタイプなんですが。
まあ、何回も言いますけど、訳は分からないです。
いや、物語とかは分かるんですけど。何でそうするの?という。何がどうなって?という。
様々な解釈と、あらゆる示唆や引用が散りばめられているんでしょうけど、自分はもう、そこは手放します。
無理ですもん、考察なんか。自分にはとても。
もう、在るがままを受け容れるしかないな、と。
“在る家族”を物語の中心に据えてはいるけど、実際は挿話として挟んでいるだけなんですよね。
映画の枠というか、人の営みなんかを軽々と飛び越えて、時空を飛び越えて。
宇宙にまで到達するんです。
開闢を語るんです。
命の神秘を問い、神の存在を示唆する。
地球の歴史を語り、生命誕生を語り、人間を語り、父を語り、母を語り、兄弟を語り、自分を語り、死を語る。
そして、命の連鎖に円環させる。
果たして、物語の主人公達は救われるのか、癒されるのか…。
自分は「生きてる以上、誰しも苦悩の直中だ」と理解しました。
それが、生きることだ、と。
今もレビューを書きながら、色々思考を整理してみましたが、やはり“観て良かったな”と結論を得ました。
難解で、どれだけ理解出来たのかは分かりませんがw
とても良質上質な映像体験が出来たと、感謝の気持ちで一杯です。
テレンス・マリック、ブラッド・ピット、ショーン・ペン、ジェシカ・チャステイン、ありがとう。
たまには、父の話でも聞いてあげるか。
終わらない思考のスパイラル。
美しいモルダウの調べにのせて語られる国村隼の重厚なナレーション。
「家族とは?」「人間とは?」「生命とは?」多くの人はこのCMに大きな期待を抱いて映画館に赴く。
光と影。広角レンズとステディカム、アオリ撮影を多用して紡ぎだされる誰もが知りながら辿り着けない壮大な叙事詩。
断片的な映像。難解なショーンペンの芝居。イメージ先行の回想シーン。
親は誰でも、自分に出来なかったことを子に託し、子はまた親となり、その
子へと繋いで行くのだろうか。それは子にとって時に重圧になりトラウマとして澱のように残る。
劇中、説明的なセリフやシーンは殆ど無い。それ故何が何を指し、表しているのかが理解できない。この映画はストーリーを追ったり、冒頭から結末に向かう類の映画では無いことに突然のエンドロールで気づく。
一人の男を通して描かれた物語は、終焉に向かう人類の未来を憂う哀歌なのか、それとも繋いで来た生命に向けての賛歌なのか。
一点、CGの恐竜はいただけない。抽象的に描く心象風景の中に、具象的表現を持ち込むべきでないからだ。ただ、この難解な映画、面白さは皆無だが、好きか嫌いかと聞かれれば「好きだ」と答えるだろう。
ツリー・オブ・ライフ
はっきり言って
あなたの人生の木は今どんな季節を迎えていますか?
『ツリーオブライフ』それは、みんなが人生を一度は仰ぎ見る、大切な瞬間なのかもしれない。
最近のハリウッド映画は、映像処理技術の進歩が目覚ましく、ミクロからマクロまで、殆んど
総て人間が思いつくイメージの世界を容易く再現してくれることから、私たち映画ファンは
様々な映像表現を堪能出来る、素晴らしくラッキーな環境に今やある。が、しかしその
一方で、テクニカルな面が先行してしまい、返って内容のチープな結末等に落胆してしまう
事も時にはあるものだ。そう言った昨今の映画界の中で、『ツリーオブライフ』それは目で
耳で、そして、心で感じられるように、宇宙の神秘と人間の神秘、そして人間の生の意味と
言う人類永遠の究極テーマを余すところ無く一機に観客の目覚めへとトリップさせてしまう、
映像の力を備えていた。
これは言うなれば、『観客と映画との対話』とも言えるだろう。
そして更に、私たち総ての人間には「人生の木」があり、その人生と言う木がどう育ち今どの
ような環境にあろうとも、その根は確かにこの大いなる愛の大地にしっかりと守られ育まれ
ていると言う事を改めて思い出させてくれるのだ。映画を観終わった後、自分に、両親や先祖、
そればかりではなく私たちを取り巻くこの地球、その環境と時間と空間の総てに「ありがとう」
としみじみと感謝し、自分の生命に素直に感謝を捧げられる事が出来た。
そんな心の世界へと旅をさせてくれる作品だ。
人はみな、否、人類は宇宙の歴史そのものを正にこの肉体と言う60兆の遺伝子としてDNAそのも
のに内包していると言う事実に希望と安心と人類の可能性をみる。そして人類は孤立した孤独
とは無縁の世界にいる事を教えてくれたこの映画は、究極の愛のバイブルなのかもしれない。
そして、この映画を見たあなたは、一体どんなご自分の人生の木を育て、どんな花や実を結ぶ
事だろうか?そんな想像もとても楽しみなものである!
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