「「やさしい嘘」にホロリとさせられる佳作。音楽も叙情に満ちていいですよ。」Dear フランキー 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
「やさしい嘘」にホロリとさせられる佳作。音楽も叙情に満ちていいですよ。
このところ当たって当たり前とも言うべき、大金と時間をつぎ込んだ大作ばかり見てきました。
コンピューターグラフィック、高額なギャラのハリウッドスター陣、車だろうがビルだろうが壊しまくる大がかりなロケセット。それらとは全く対極にある、静かな、地味な作品それがこの映画「Dearフランキー」なのです。
夫の暴力により、リジーの息子フランキーは耳が聞こえなくなった。そんな夫に耐えかねてリジーは逃げだし、それでも探し出しそうとする夫の影に怯えて、頻繁に引っ越しを繰り返す日々を送っていたのです。
そしてリジーはスコットランドの小さな港町に落ち着きます。リジーはまだ小さくて記憶のない息子に、父親は船で航海をしていると説明していたのです。
それが仇になって、フランキーは港町の船を見るたびに父親を恋しがります。
そんな息子にリジーは世界中を船で旅する架空の父親のふりをして、息子出す手紙を秘書箱で受け取り、父親になりすまして返事を送り続けていたのです。
ある日、架空の父親が乗っている船がスコットランドに帰航することになり、母親は息子のために「1日だけの父親」を探す必要に迫られ、全く見知らぬ男を雇うことになります。
リジーはフランキーを愛するゆえのごまかしや嘘を重ねていったことがこの映画のドラマの始まりとなって進んでいきます。リジーはその後ろめたさに悩み続けながら、フランキーを傷つけたくないためにごまかすことを続けていくのです。
嘘をつくことは一般的にも仏教的にも良くないことですね。でも時として嘘も方便と申します。正直なだけではこの少年に夢も希望もなく、ただ難聴という十字架を背負って、自分をこのような目に遭わせた父親を生涯恨み続けたことでしょう。この点において、真実を伝えず沈黙することは「やさしい嘘」なんじゃないかなと小地蔵は思いました。
風景もよし、できる限り台詞を減らし、口でなく瞳や微妙なしぐさで語らせる手法もよし。それがリアルさにも繋がったように思います。人間って、一番いいたいことは口に出さないものではないでしょうか。
母と息子、祖母、近所の人、など、ごく狭い人間関係で進んでいくので、ちょっと物足りないかな、と思いはじめた頃、ジェラルド・バトラーが登場。このひとかっこいいけれどどう見ても、やっぱり今年公開された映画「オペラ座の怪人」のなかの怪人役を連想してしまいました(^_^;
派手なカタルシスはありませんが、後から後から、じんわりと暖かくなるような、そんな、いい映画です。
とてもネタバレできませんが、ラストシーンのフランキーが事実上告白する手紙に思わず涙されることでしょう。そのどんでん返しにシナリオセンスを感じますねぇ~。